奇跡の脳

2012年05月02日

『奇跡の脳』に見るピアノ教育との共通点

昨日記事にした『奇跡の脳』。
脳卒中で左脳が出血し、右脳体験をした脳科学者の著書です。


奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)
著者:ジル・ボルト テイラー
新潮社(2012-03-28)
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実は、もう1点感銘を受けた点がありました。
それはピアノ教育との共通点です。
これはピアノ教育にとどまらず、教育の在り方そのものと思います。
左脳を取り戻していくための道程は、
まさに教育の視点と同じなんですよね。

巻末についている附録B「最も必要だった40のこと」から
教育に共通していると私が思った点を挙げてみますね。


*私はバカなのではありません。傷を負っているのです。
 どうかわたしを軽んじないで。

 これは、幼児にも発達障碍児にも言えることと思います。
 幼児だから、知的障碍があるからと軽んじては、
 いい関係は築き上げることができず、いいレッスンもできませんよね。


*そばに来て、ゆっくり話し、はっきり発音して。

 これも、幼児にも発達障碍児にも言えること。
 相手が理解できるペースで伝えることは、とても大切と思います。


*言葉は繰り返して。私は何も知らないと思って、
 最初から繰り返し繰り返し話してください。
*あることを何十回も、初めと同じ調子で教えてくれるよう、
 忍耐強くなって。

 「さっき説明したでしょ?!」はご法度。
 これは教育全般にいえることではないでしょうか。
 短期記憶の存在を知ること。
 何度も何度も繰り返し理解を深めることで、長期記憶になるのですから。
 また、「さっき説明したじゃない」と説明を簡易化させてしまったり、
 相手を馬鹿にしたような説明をしたのでは、
 理解を深めてもらうことはできませんよね。
 何度も同じ説明を受けることで理解が深まったというのは、
 誰もが経験したことがあるのではないでしょうか。


*心を開いて、わたしを受け入れ、あなたのエネルギーを抑えて。
 どうか急がないで。

 生徒さんのエネルギーを導くことが主体であり、
 先生のエネルギーを放出することが主体になってはいけないということですね。
 生徒さんに魅力的と思ってもらえるような発信をするならよいですが、
 生徒さんが圧を感じるようなエネルギーを放出してしまったら、
 生徒さんは焦りや不安を感じるだけで能力を発揮できなくなってしまいます。
 発達障碍児に関わらず、このような焦りや不安感が障壁となってしまい、
 本来理解できることが理解できなくなってしまうことは、
 誰にでもあることではと思います。


*あなたの身振りや顔の表情が私に伝わっていることを知っていて。

 幼児や発達障碍児は大人以上に、人の表情を読み取る能力に優れていると感じます。
 きっと左脳がまだ発達しておらず、右脳を使うことが多いからなのでしょうね。
 

*視線を合わせて。わたしはここにいます。私を見に来て。元気づけて。

 視線を合わせるということは、スキンシップの一部と思います。
 自閉症の子は視線が合わない子がいるので、
 無理に視線を合わせる必要はないと思いますが、
 幼児とはたくさん視線を交わし合うことがとても大切と思います。
 特にピアノ教育は、生徒と先生が同じ方向(楽譜や鍵盤)を向いているので、
 視線を交わす頻度が少ないのではと思います。
 レッスン中、生徒さんの目の動きをどれだけ観察し、
 生徒さんとどれだけ目を合わせているかで、
 生徒さんの理解力に大きな差が生まれるのではないでしょうか。
 また、最後の「元気づけて」これも大切ですよね。
 「なんでできないの?」ではなく、「頑張ってるね。」と励ますこと。
 できなかったとしても、理解しようと努めていること自体を認めてあげること。


*声を大きくしないでーー私は耳が悪いのではなく、傷を負っているのです。

 これは、まさに自閉症の子特有の特徴と重なり合います。
 自閉症の子は耳が痛いのではなく、脳が痛いのかもしれない・・・。
 この本を読んでそう思いました。



*適度に私に触れて、気持ちを伝えて。

 教育において、スキンシップは何より重要なものと思います。
 親子もそうですが先生と生徒もそう!
 触られるのが苦手な自閉症の子もいますが、
 そうではない子、スキンシップが効果的な子もいます。
 障碍のない幼児は、先生とのスキンシップを喜んで受け入れてくれますし、
 そのことで私に心が開かれるのを実感することができます。


*睡眠の治癒力に気付いて。

 これは障碍のあるなし、大人子供に関係ない!と思います。
 私自身も、睡眠の治癒力を実感しています。
 これは体力的というだけでなく、精神的にも、です。
 また、自閉症の子の中には、ゆすっても起きない子に出会うことがあります。
 それだけ体が睡眠の治癒力を欲しているのだろうと思います。
 日々どれだけ気を張って生きているか、という証のように感じます。


*わたしのエネルギーを守って。ラジオのトーク番組、テレビ、
 神経質な訪問者はいけません!訪問は短く(5分以内に)して。

 これは、教育というわけではなく、私自身が学ぶところです。
 パソコンに向かいすぎたり、テレビを見過ぎたりすると、
 必ず精神的不調に陥ります。
 これらの刺激がどれだけ強いか、ということなのだろうと思います。
 子育ても、本当はこういった点に注意すべきなのかもしれないですね。


*わたしに何か新しいことを学ぶエネルギーがあるときは、脳を刺激して。
 ただ、ほんの少しですぐに疲れてしまうことを憶えていて。

 重要なことは、「何か新しいことを学ぶエネルギーがある」と観察から読み取ることですね。
 生徒さんを観察する上で、とても重要な点と思います。
 セミナーで私がお話する”時期をみる”ということと共通しています。
 そして、その後「すぐに疲れてしまう」ということを理解すること。
 これは、自閉症の子をレッスンする際に、必要な視点と感じます。
 また、障碍のない幼児へのレッスンでも、昼寝を忘れた子へのレッスンでは、
 このような現象が見られますし、夜遅くまで起きているタイプの子は、
 小学校中学年の子でも、このような現象が見られますよね。


*幼児用の教育玩具と本を使って教えて。

 左脳への刺激(認知力・分析力)を養うには、幼児用の教育玩具がよい、ということですよね。
 ということは、幼児はまだ左脳が発達しておらず、こういった教育によって、
 認知力や分析力を養っていく、ということなのだろうと思います。
 幼児教育学でいう発達段階というのは、左脳が発達する段階とも
 受け止めることができるのかもしれませんね。


*運動感覚を通して、この世界を紹介して。あらゆるものを感じさせて
 (わたしは再び幼児になったのです)。

 乳児は、自分の体と他の物質との境目がわかっていません。
 どこまでが自分の体なのかを認識できていないものです。
 この本を読んで、それは左脳の発達によるのだと知りました。
 右脳には体の境界線、自己という存在がないのです。
 子どもは遊びの中で、自分の運動機能を制御することができるようになります。
 これは、左脳を刺激する、ということなのかもしれないですね。
 ピアノを弾く、という運動能力は、体を制御する能力が必要になります。
 幼児はまだそこまで発達していないということを、よくよく知っておき、
 幼児の発達を理解してあげるということが、大切だと感じます。


*見よう見まねのやり方で教えてください。

 言葉の認知力がまだ深まっていない幼児や自閉症児にも言えることと思います。
 言葉だけで説明しても、理解に結びつかないことが多々あるものです。
 何でわからないの?ではなく、見よう見まねのやり方で、
 「体験してもらう」というアプローチの方が、効き目のある場合も多いですよね。


*わたしが挑戦していることを信じてください。−−−ただ、あなたの技術レベルや
 スケジュール通りにいかないだけです。

 これはまさに教育にいえることですよね。できるできない、で子どもを判断するのではなく、
 「挑戦している」ということそのものを信じて認めてあげること。
 こちらのペースを相手に押し付けるのではなく、相手のペースを尊重すること。


*いくつもの選択肢のある質問をしてください。二者択一式の質問は避けて。

 著者がこう言うのは、二者択一は考える力を使わないため、訓練にならないという意味です。
 相手から「どうしたい?」と聞かれても、言葉の認知力が発達していない人にとっては、
 この質問は漠然とし過ぎていて答えようがない・・・ということになります。
 そのため、選択肢を見せて、相手に選んでもらうわけですが、
 そのときに二者択一ではなく、いくつかの選択肢を用意するとよい、ということですね。
 これは、自閉症の子にも使えるかも・・・と思いました。
 私はいつも二者択一にしていたように思うので、いくつか種類を用意してみようと思いました。


*特定の答えのある質問をして。答えを探す時間を与えて。

 この本を読んでいると、自閉症の子との共通点がとても多くて驚かされます。
 特定の答えのある質問の仕方についてもそうです。
 また、答えを探す時間、というのは幼児にも当てはまりますよね。
 急かさないこと。待つということ。
 自分自身の力で考えてもらうということ。
 それがピアノ教育における音楽的自立の第一歩と思います。


*どれくらい速く考えられるかで、私の認知能力を査定しないで。

 これも幼児、発達障碍児に言えることと思います。
 待つことで、認知できることも多々あるということ。
 時間に追われるということは、誤った観察をしかねない、ということですね。


*私に直接話して。わたしのことについて他の人と話さないで。

 これは、小学生の親御さんに感じることが多いです。
 お子さんが横にいるにも関わらず、
 「うちの子、○○がすごく苦手で」と私に話す。
 良いことならいいと思います。
 でも、できないとか、苦手だとか、マイナスイメージについて、
 その子の目の前で私に向かって話すというのは、
 その子に負のイメージを植え付けることになるだけ。
 そっか、私は○○が苦手なんだ、と思いこませてしまうだけです。
 こんな風に思われてしまったら、そのことについて前向きに取り組めなくなってしまいますね。
 また、生徒さんとの信頼関係を築き上げたければ、
 親御さんに向かって生徒さんについてお話するのではなく、
 生徒さん自身と語り合うことが大切と思います。
 たとえ幼児でも。たとえ発達障碍の子であっても。


*励ましてほしい。たとえ20年かかろうとも、完全に回復するのだという期待を持たせて。

 学校教育も、ピアノ教育も、ある一定のものさしというものが
 先生や親御さんの目を曇らせてしまうものです。
 そして、ある一定の期間でそれができないと、
 「うちの子は○○が苦手だから。」とか、
 「この生徒さんは○○ができないから。」と諦めてしまう。
 そして、本人も「私はそういうの苦手だから。」と挑戦しなくなってしまう。
 負の悪循環と思います。
 常に励まし続けるということ。
 常に挑戦していることを認めてあげるということ。
 そして、頑張り続ければ実るという期待を持たせること。
 教育の根本がここにある気がします。


*脳は常に学び続けることができると、固く信じてください。

 これは40過ぎて老化していく私にもいえること。
 まだまだ学び続けられるのだ!ということ。
 また、発達障碍児にもいえること。
 発達障碍児も常に成長し続けるのだということ。


*全ての行動を、より小さい行動ステップに分けてください。

 これは、まさに私が本やセミナーでお話していることと同じですね。
 ピアノを弾くということを分析し、細分化したものをアプローチするということ。
 これは、ピアノ教育だけでなく、あらゆる教育に共通したアプローチ法ではないかと思います。


*課題が上手くいかないのは何が障害になっているのか、見つけてください。

 「なんでできないの?」と生徒さんに理由を聞いてしまっては、
 先生は仕事を放棄しているのと同じですね。
 何故できないのか?よくよく観察して、何が障害になっているのか見つけ出すこと。
 そうすれば、どうアプローチすればよいのかが見えてきます。
 これは、いかに生徒さんを観察するか、という視点と同時に、
 現在取り組んでいることがどういうことなのかを、
 細部まで分析できていることが必要と思います。
 

*次のレベルやステップが何なのかを明らかにして。そうすると、何に向かって
 努力しているかがわたしにもわかります。

 ピアノは次のステップが見えにくい世界でもありますね。
 そこをどうやって見えやすくするか。
 これは生徒さんと親御さん、両方に提示していく必要性を感じます。
 何故その練習方法が必要なのか。
 その理由をきちんと説明すること。
 そうすることで何ができるようになるのか。
 それをきちんと理解してもらうこと。


*次のレベルに移る前に、今のレベルを十分に達成している必要があることを
 覚えていてください。

 私はこれを”固められるところはしっかりと固めておく”という言葉でいつも表現しています。
 私が本に書いた細分化されたアプローチ方法も、
 ,ら△離好謄奪廚某覆犧檗↓,しっかりと身についているということが条件となります。
 ,まだ身についていないのに△悵椶辰燭箸海蹐如
 頭が混乱するだけですし、身体能力も対応できないでしょう。
 これはもっと長期的な視野で見て、教材の進み具合にも言えることですね。
 どんどん教材をスピーディに進めていくことがよいことなのか?疑問を感じます。
 きちんとそれぞれのステップで学んでおかなければならないことを、
 身につけていると確信してから次のステップへ進んでいないと、
 ブルグミュラーあたりで頭打ちになってしまうんですよね。
 それ以上指が動かない、音楽的に弾けない・・・です。
 なんともったいない!と思います。
 急いでもよい結果は導き出せない、それが教育と思います。


*小さな成功を全て讃えてください。それがわたしを勇気づけてくれます。

 「それくらいできて当たり前」こんな風に接していたら、
 子どものやる気は激減してしまいます。
 定型発達の子の場合は特に、「できて当たり前」が先行しがちです。
 「できて当たり前」と思ってしまうと、小さな成功に気付かなくなってしまう。
 ほんのちょっとのこと。そのことに目を見開いて気付いてあげること。
 そして、具体的に○○ができるようになってきている、と教えてあげること。
 小さな成功には本人も気付きにくいものです。
 その小さな成功を周りの大人や指導者が見つけてあげて、讃えてあげること。
 それがやる気と挑戦する意欲につながるのだと思います。


*どうか、わたしの文章を途中で補足しないで。あるいは、わたしが見つけられない言葉を
 埋めないでください。わたしには脳を働かせる必要があるのです。

 時間がかかるから、待てずに答えを教えてしまうことってありますね。
 それから時々、子どもに質問しているのに子どもに答えさせずに、
 「○○よね。」と親御さんが答えるケースがあります。
 これは子どもの発言権を奪っているということです。
 これでは自主性が育ちませんし、失敗から学ぶこともできません。
 失敗してもいい。間違えてもいい。まずは自分でやってみること。
 その積み重ねが自立への第一歩です。
 ピアノ教育においても、すべての答えを先生が提示するのではなく、
 いかに生徒さんから意見を聞き出し、生徒さんの自主性を育むかが重要と思います。
 アプローチする上で大切なのは、いかに生徒さんの脳をフル回転させるか!ですね。


*実際の行動以上にわたしが理解していることを、わかってもらいたいのです。

 これは発達障碍児にも言えることのような気がします。
 発語がないから理解力や認知力がないとは言い切れません。
 多動が激しいからといって理解力が低いわけでもありません。
 目と目が合わないからといって、自分の意見がないわけでもありません。
 理解していてもそれを言葉にすることができないだけだったり、
 多動でも注意を向けた瞬間の理解力は高かったり、
 意見は持っているけれど、それを言葉にするのが苦手なだけだったり・・・etc.
 見た目で判断しちゃいけない、といつも思います。
 それは誰に対してもそうですね。
 大人の生徒さんも、子どもの生徒さんも、見た目じゃわからない。
 その向こう側まで観察し、相手を理解しようと思うことが大切なのだと思います。


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2012年05月01日

脳卒中から立ち直った脳科学者の手記「奇跡の脳」


奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)
著者:ジル・ボルト テイラー
新潮社(2012-03-28)
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先日楽しみにしていた本が届きました。
ある番組でこの著者のスピーチを聞き、感動したので、
即効ネット検索して、見つけた本です。
想像以上に得るところの多い本でした。

左脳で出血した著者は、右脳体験をしています。
脳科学者なので、自分の体験をそのまま
右脳によるものなのか左脳によるものなのか分析し、
左脳を取り戻すまでの道程が細かく描かれています。

この本を読んでいると、
幼児というのは右脳だけで生きているんだなぁと思う。
人間は最初右脳だけが発達していて、
環境や教育によって左脳が発達するのかもしれません。
そしてそれは、発達障碍の子にも共通しているように思えました。

右脳を意識し、右脳を土台として左脳を使いこなす。
これができたら、本当に理想的だなぁと、
読んでいてつくづく思いました。

特に、精神的に不安定に陥りやすい人は、
この本の13章以降がお勧めです。
脳はコントロールできる!
なんて心強い発言!!!
過去や未来に囚われるのは左脳の仕業。
右脳をもっと意識すべし!です。


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【引き続き・・・】

すみません。
忙しくてメールチェックやらmixiコミュへのレスやら、
ツィッターのレスが滞りがちです。m(__)m

なかなかパソコンに向かう時間が作れなくて、
申し訳ありません。
どうぞご了承ください〜。



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