知っておきたい!トレンド古典派音楽

2017年12月09日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(3)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

ディナーの後は家族でアンサンブル?!

— ここからは食事のBGMや音楽会など、機会に応じた音楽についてお話を伺っていきたいと思うのですが、まずは食事の際のBGMからと思います。食事の際のBGMは、今の私たちがCDを聴きながらティータイムを楽しんだりするのと同じですね。貴族がお客様をお呼びするのではなく、家族だけでお食事するようなときのBGMはどのような曲だったのでしょうか。

インタビュー(1)で、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の最終幕に木管八重奏団が主人のリクエストに応えて、食事の際に流行りのオペラのアリアなどを次々に演奏しているシーンがあると紹介しましたが、貴族などの館でどのような機会にどのような音楽が奏でられていたか、というのは興味深いテーマですね。
前回テレマンのお話で終わりましたね。彼はバロック音楽の作曲家ですが、1767年まで生きていますからモーツァルトと11年もダブっているんです。彼は、ハンブルクという街の音楽監督でもありました。そういった意味では宮廷や教会にしばられていたバロック時代の音楽家とは一線を画すところがありますので、古典派時代から遡りますが、テレマンをめぐるお話からしましょう。

亡くなる年までハンブルクで楽長を務めていたテレマン。この裕福な市民に勢いがあったハンザ都市で、彼は市民向けに楽譜を編んで音楽を提供していました。ハンブルクは港湾貿易で賑わい、とても活気づいた、文化的にも先を行っていた街だったのです。
裕福な家庭では貴族でなくとも広間にはチェンバロがあったことでしょう。小さな編成ではチェンバロ一台から。それを囲むように旋律楽器が演奏できる人、バスパートを担当する人、というように、各々の可能な編成でアンサンブルが楽しまれていたのだと思います。テレマンの代表作である「食卓の音楽(Tafelmusik)」は、まさに小編成はフルートソナタから、大編成は管弦楽曲に至るまでの様々な編成により成っていますよね。まさに食卓(の間)の大きさによって、それはさまざまな楽器の取り合わせで音楽が楽しまれていたのではないでしょうか。

今でも若者は聴くだけでなく、ギターを弾いたり歌ったりして音楽を体で楽しんでいますが、当時も比較的演奏の楽なリコーダーやヴィオラ・ダ・ガンバ(この楽器にはフレットが付いています)といった楽器では、家族内で大中小の楽器が用意され、「コンソート」と呼ばれる重奏が楽しまれていました。コンソートはイギリスを中心に演奏されていたのですが、これなども、ディナーの後のお楽しみだったのでしょう。

s-ヴィオラ・ダ・ガンバ
ヴィオラ・ダ・ガンバ(この楽器にはフレットが付いています)

古典派時代の音楽を読み解くキーワード《ディヴェルティメント》

— 現代のBGMに比べ、参加型でより音楽に積極的な感じがしますね。

ただ聴くだけの人もいたでしょうが、今日のクラシック音楽の形態のように、演奏するプロと聴衆、提供する側、受ける側とはっきり二分されたようなイメージはなかったのではないでしょうか。王でも貴族でも演奏に自ら参加して楽しんでいた例があるのですよ。
古典派の時代になると、ディヴェルティメント(Divertimento)というジャンルが登場します。このディヴェルティメントは、古典派時代の音楽を読み解くひとつのキーワードとなります。
ディヴェルティメントはイタリア語で、「愉しみ」とか「気晴らし」という意味。以前は「嬉遊曲」と訳されていました。歓談の席や社交的な場での機会音楽として作曲された例が多く、南ドイツやオーストリアで、このタイトルのついた曲をよく見ることができます。モーツァルトはディヴェルティメントという名を好んで、さまざまな編成の作品につけています。

18世紀後半のウィーン周辺には、食事の際のBGMは管楽合奏が受け持つという習慣があり、モーツァルトも、オーボエ2本、ホルン2本、ファゴット2本という六重奏を食卓で奏でられる音楽としてディヴェルティメントという名でいくつか作曲しています。さらにこの編成にクラリネット2本が加わると、「ハルモニー・ムジーク」というひとつのジャンルになるんです。モーツァルトは、この八重奏のために2曲のセレナード、K.375とK.388。そして、13管楽器奏者のための「グラン・パルティータ」と呼ばれる作品K.361を書いています。
管楽合奏によるセレナードは、野外での演奏を想起させるものでもあります。セレナードが「小夜曲」と訳されるように、夕暮れ時に邸宅のたもとで歌心たっぷりに演奏されるというイメージがありますね。文字通りのセレナードは、意中の女性の窓の下でマンドリン片手に歌う愛の歌を指していたものですから。
モーツァルトのセレナードも、実際に野外で演奏される機会が多かったと思います。宴で窓が放たれて楽師も外にでて演奏、というような、アイヒェンドルフなどの小説に出てくるような一コマが連想されます。
この管楽合奏「ハルモニー・ムジーク」は、モーツァルトがウィーンに住居を構えてすぐの1782年に、皇帝や貴族の元にプロフェッショナル演奏家8人によるハルモニーが結成され、このジャンルにお墨付きが与えられました。

今日のようにスピーカーからすぐに音楽が再生される時代と異なり、流行りのオペラの旋律を日常的に楽しむために、ハルモニー・ムジークの編成はうってつけだったのです。「後宮からの逃走」、「フィガロの結婚」など、ウィーンで流行したオペラはすぐに他人の手によりハルモニー・ムジーク編成用に編曲され、その楽譜の方が売れて儲かる、なんていう現象があったとかなかったとか。モーツァルトがプラハからの手紙で、「ここでは街中みんなが弾くのも吹くのも歌うのも口笛もフィガロばかり」と書いている通り、楽師の周りの人々は、一緒に口ずさみ、歌いながら、そして踊りながら聴いていたのだと思います。ハルモニー・ムジークの編成は、広間から庭園にまですぐに移動が可能なので、さぞかし重宝したのでしょう。


— オペラの曲を自宅用にというのは贅沢で、しかも楽しいですね! また、弦楽器のない編成というのは私にとってとても新鮮です。

弦楽器というのは今もそうですが、管楽器に比べると高尚なんです。それに演奏だってやっぱり管楽器ほどたやすくないでしょう。「管楽器=気楽」という図式は当時からあったと思いますよ。そうそう、ディヴェルティメントにおいてはホルンがポイントになるって知ってました?当時の無弁のホルンは基本的に自然倍音のみが吹奏可能で、ホルンが自然に奏でる自然倍音は長調のアルペジオのみ。基本的に短調には向かない楽器なんです。「弦楽合奏+ホルン」という編成によるディヴェルティメントは、自然さ、素朴さが演出され、牧歌的で平和な雰囲気が醸し出されます。そうした小編成のディヴェルティメントも、さまざまな場面で演奏されたのでしょう。
モーツァルトも「弦楽合奏+ホルン」という編成で、名作K.334のディヴェルティメントほか、いくつかの珠玉の愛すべき作品を残しています。

私の組織している「ラ・バンド・サンパ」の動画を紹介しますね。いい曲でしょう?
(W.A.モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K.205より第1楽章)



ところで、ディヴェルティメントのひとつの条件に「立奏」があります。バスパートはチェロではなく、ファゴットが受け持ち、コントラバスとともに立って演奏されるのがスタイルでした。この動画の通りです。ハルモニー・ムジークも立って演奏されました。リクエストのある部屋とか野外にもすぐ移動して演奏できちゃうんですね。


— ディヴェルティメントというのは、立って演奏されるものなのですね?

画像は当時のハルモニー・ムジーク演奏の図です。いわゆる楽団つきのディナーって、テーブルにかしこまって座って、というタイプの食卓ではなくて、立食パーティーで、歌ったり踊ったりしながら、集まる人々も出会いや楽しみを求めて、という感じだったのではと想像します。なので演奏者も立奏になります。

s-ディヴェルティメント立って演奏

もちろん時と場合で、厳粛な場面もあったでしょう。モーツァルトも、結婚式や大学の卒業式のための公式のセレナード(フィナールムジークとも呼びます)を作曲しています。しかし作品を聴くと、式典と言っても華やかな歓談や踊りがつきものだったと想像できますよね。
いずれにせよ、現在の、演奏をただかしこまって聴くだけというクラシック音楽の受容とは異なる当時の状況が浮かび上がってきます。今のライブ会場だったりクラブなんかと近いかも。受け手も能動的なんですよね。音楽は自分たちみんなが楽しむためのものなのです。
ディヴェルティメントって作品をよく見ていくと、とても踊りの要素が強いんですよ。次回は、そんなモーツァルトの音楽が、ウィーン中を踊りの熱狂に巻き込んでゆく先鞭も打っていたという話をしましょう。



塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
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2017年11月19日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(2)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

トランペットは特別な楽器。楽器によって報酬が違う?!

— 食事の際のBGMについてお伺いする前に、当時の音楽家についてお教えいただけますか? というのも、バッハ一族やクープラン一族というように、私の中では音楽家というのは家業のようなものというイメージがあったんです。
ところが、前回のお話しだと音楽に専念するのは楽長だけで、それ以外の音楽家は庭師だったり会計係だったり。《古典派シンフォニー百花繚乱》に取り上げられているコジェルフも、靴職人の家に生まれていますよね。

日本もそうですが、封建社会の名残がまだ残っていた時代、なかなか自分から職業を選択することはできませんでした。作曲家も楽器製作者も一族の中で継承されてゆくことが多かったのは確かです。作曲の才能は遺伝的要素もかなりものを言いますから、理にかなっているわけですが。 楽器製作者でも、その一族の系譜に入るための熾烈な戦いがあったのですよ。
どんな年増だろうと、子供が何人もいる寡婦だろうと、とにかく親方の娘と結婚しなくちゃ、ということで、18世紀フランス最大のフルート製作家のトマ・ロットは、義理の叔父にあたるデレラブレが亡くなった7ヶ月後にその婦人と結婚。トマの弟マルタンは、義理の姉の元夫との間にできた娘と結婚。なんていう例があります。優秀な徒弟と娘を結婚させて家系をつないでゆくのは親方にとっても重大な関心事でした。

演奏家の実情はというと、オーケストラのトッティ奏者などは、半分アマチュアのような兼業音楽家が担う場合が現実的には多かったのですが、トランペットのような片手間では扱えない楽器の場合は、専業の奏者が担当しました。当時のトランペットは無弁で大変高度なテクニックが求められたのです。トランペット奏者はギルドのようなマイスター制度をつくり、親方から弟子へと秘伝の技術を伝えていました。彼らは町楽師として市参事会などに高額の給料で雇われ、教会音楽を司り、教会の塔から時を告げる役を任されていました。


s-トランペットアップ

古典派時代のトランペット 斎藤秀範氏所蔵


— 楽器によっても異なったのですね!宗教音楽の場合、トランペットは神というか、天を表現する特別な楽器という印象がありますが、待遇も違っていたのですね。楽器によって待遇が違ったというのはとても興味深いです。トランペット以外にマイスター制度があった楽器はありますか?

古典派の時代より遡りますが、トランペット奏者は強力な同職組合をつくり、特権を絶対的なものとし、他の楽器奏者と差異化してトランペット使用の独占権を保持したということです。また、16世紀から中央ヨーロッパで郵便事業を牛耳っていたトゥルン・ウント・タクシス家はポストホルン使用の独占権を皇帝から得て、そのポストホルンを吹き鳴らすことにより夜でも市門を開かせ通行税なしで通る特権を得るなどしました。
18世紀になると、シュタットプファイファー(街の吹奏手)、遍歴の楽師など、様々な身分の楽師たちが次第にまとまりを見せ、オーケストラなど大きな編成が組まれるようになり、それがそういう身分制度を次第に分解されていくきっかけになったのだと思います。

18世紀の末になってパリにコンセルヴァトワールがつくられるまで、正式な音楽大学はなかったのですが、各地にあった聖歌隊、ヴェネツィアでヴィヴァルディが司祭をしていた女子孤児院などの施設と並び、教会にはカントル(キリスト教音楽の指導者)がいましたので、音楽的な才能を顕すこどもが、教育を受ける機会は意外とあったのではないでしょうか。

ところで話はちょっと変わりますが、ポップス系の人たちって、楽譜をまじめに読んでギター弾いてる人なんていなくて、コードを鳴らしながら自然にちょっとした作曲をしていますよね。
古典派の時代は、今から見ればクラシック音楽とひとくくりにされてしまっていますが、その時代に生きていた彼らからすれば、音楽は生きたポピュラー音楽だったわけです。楽譜も読めず、でも即興で歌が作れて、よく分からないんだけどギターやヴァイオリンや鍵盤楽器がそれなりに弾けて、その中の秀でた人、恵まれた境遇にあった人が、作曲家の先生の元を訪れ修行を積み、五線譜が書けるようになり、そこからシンフォニーやオペラに筆を染められるようになる人が出てくる、といったような例も普通に見られたのではないでしょうか。

バロック時代の楽譜はまるでジャズ!古典派時代も即興は当たり前?!

— なるほど。バッハ一族やクープラン一族、モーツァルトの英才教育などで、音楽教育は当時特別な環境にある人だけが学べたという凝り固まったイメージがあったのですが、教会や孤児院など音楽を学ぶ機会はいろいろとあったのですね。
確かに、今の私たちにしてみれば古典派音楽ですが、当時の人々にとってはポピュラー音楽だったわけで、楽譜は読めないけれど「楽器が演奏できて即興もできる」という人がいたのは、自然なことのようにも思います。ところで、この「即興ができた」というのはキーワードのような気がしますね。


基本的に演奏する人は簡単な即興的な演奏はできたでしょうし、それができることが音楽家として最低限に求められてもいました。当時の音楽教本に「勝手な即興で作品を必要以上に華美にしないように」なんていう注意が随分書かれています。そんなことから類推するに、楽譜を読んでそれを忠実に音にしてゆく現在のクラシックの演奏家像よりも、創意工夫で新たな作品を生み出してゆくジャズメンやポップス系のひとたちの方がどちらかというと当時の音楽家に近かったのではないかと想像するのです。

私たちが中学生や高校生だった時、クラスにギターをもちこみ、流行りの歌や、また即興で怪しい歌を歌っていた友達はいませんでしたか?ウクレレを持っていくと、ちょっと貸してみろと、その場で即座にコードを並べて弾きまくる彼らを見て、「楽譜がないと何もできない自分と比べ、彼らの方が音楽家としてはずっと上だな」と羨望の眼差しを送ったものです。


— 即興についてはアマチュアだけでなく、モーツァルトも即興の名手でしたね。当時の演奏は即興ありきで、作曲家もそれを前提に作曲していたと考えてよいのでしょうか?

s-塚田さん楽譜

譜例はバロック時代のイタリアの作曲家F.ジェミニアーニ(1687-1762)が作曲したフルートソナタの緩徐楽章、冒頭の6小節間です。バスに数字が振ってあります。バロック時代を別名「数字付き低音の時代」、もしくは「通奏低音の時代」と言うのはご存知のところ。通奏低音を担う楽器は、書かれてあるバスの音符を弾くチェロやヴィオラ・ダ・ガンバと、その音に和声を補いつつ音楽に推進力を与えたり、カラーを添えるリュートやチェンバロなどの楽器がペアになって演奏します。旋律楽器(フルートやヴァイオリンなど)は、上段に書かれている音符を演奏するのですが、この旋律線は、作曲家による提案=ガイドラインでしかありません。時にはこの書かれてある譜面から大きく外れても、演奏者自身が即興で演奏することが当然というのが作曲家にとっても自明のことでした。

バロック音楽のこの演奏形態は、コードネームと旋律が書かれただけの譜面を頼りに即興を繰り広げるジャズと基本的に変わるものではありません。楽器編成も、ジャズにおけるベースは、バロックではコントラバス、チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバとなり、ピアノはチェンバロ、リュートと対に、サックスフォーンやトランペットなどの旋律楽器は、ヴァイオリンやフルート、オーボエと対になります。ドラムスは?バロック音楽にもドラムスはいます。チェンバロやリュートが時に激しくリズムを刻み音楽を推進してゆく様はドラムスの役割との共通点を見ることができますよね。

特にイタリアスタイルのバロック音楽において、作曲家は演奏家の手があって初めて作品となるということを承知の上で作品を書いていました。クラシック音楽は音符を忠実に再現することが求められる芸術だと思われがちですが、バロック音楽はそういった価値観からは離れるジャンルなのです。

バロック時代に続く古典派の時代。ハイドンにもモーツァルトにもバスに数字を書いている例がいくつもあります。モーツァルト自身が弾き振りをしたピアノ協奏曲では、オーケストラだけの前奏や間奏の部分にもピアノが入り、通奏低音を奏でつつオーケストラを導く役が演じられました。 ハイドンやモーツァルトのソナタでは、特に繰り返し時に即興を入れて楽しむ習慣がありました。初回と同じものを演奏しても意味がありませんから、繰り返し時には、変奏というほど装飾を入れる例があったのです。モーツァルトのお父さんのレオポルトが、ヴァイオリン教本で、「原曲が不明になるほどの即興は慎むべし」という内容の不満を述べているところをみても、当時いかに即興がなされていたのかが分かります。


— 古典派時代においても、ベートーヴェンの出現までは即興が当然のことだったということですね。モーツァルトの場合は父親であるレオポルトがいうように、原曲が不明になるほどの即興はしない方がモーツァルトの意に叶っているのでしょうけれど、まったく即興しないというのも、これはこれでモーツァルトの意に叶っているとは言えないのかな、なんて思ったり。私は即興にライブ感や生命力を感じます。

それにしても、当時は兼業音楽家というアマチュアと、作曲や演奏だけで食べていけるプロがとても近い関係にあったのですね。アマチュアといえども兼業音楽家として活躍できたわけですし、アマチュアとプロの境目があまりないというか。


中嶋さんがおっしゃるように、J.S.バッハやW.A.モーツァルトのような同族間、家族間での音楽教育にかなうものはなかったことは史実が証明しているところで、音楽教育は密接な徒弟制度がものを言うものであることは間違いのないところですね。
18世紀後半の古典派の時代、大規模なオーケストラを組織する時は、軍楽隊の楽師であるオーボイステン(笛吹きたち)や、先述の町楽師などが臨時に雇われて、アマチュアに混じって館に集まり演奏する、なんていうのが一般的だったのではないでしょうか。
普段の食事のBGMは兼業音楽家の演奏で、晴れの場では専業音楽家にも集まってもらって演奏会を催す、なんていう形の貴族が多かったと思います。このアマチュアの席は、のちに文字通り、ディレッタント(音楽愛好家市民)に門戸が開かれてゆくようになります。

18世紀も後半になると、啓蒙思想の恩恵で各地に学校、もしくは教育施設がつくられるようになり、ボヘミアではイエズス会の学校が熱心に音楽教育をしたおかげで、全く音楽と関係のない家柄の子供が才能を著し音楽家に育っていくという例がたくさん見られました。コジェルフなどまさにこの教育システムがなかったら靴職人になり人生を終えていたかもしれませんね。



s-テレマン即興楽譜
この楽譜はG.Ph.テレマンの作曲した「メトーディッシェ・ゾナーテンMethodische Sonaten」の初版譜の一葉です。一般にバロック時代の作曲家がソナタを作曲するにあたって書いたのは1段目(旋律)と3段目(通奏低音)のみになりますが、この「メソードのソナタ集」では、その譜面をどのように即興で装飾して演奏するのかの一例を2段目でテレマン先生自身がお示しになられています。
ハンブルク市民に仕える「音楽の師匠」と自らを位置づけていたテレマンは、このようなメソードをいろいろ工夫しながら示してくれました。アマチュア(愛好家)がいかに音楽を楽しむか。 彼のリコーダーやフルートのソナタを演奏すると、技巧的に書かれているのですが、がんばって努力すると吹けるようにうまく書かれているのです。演奏して楽しい、聴いても「おー」と思う。「そんなの吹けてすごいね!」と褒められる、でもプロしか吹けないような超難曲ではない。誠にうまい塩梅で書いてあり、これは涙が出るほどです。(塚田)



今回は予定変更で、前回話題になった当時の演奏家についてのお話しをさらに深くお伺いすることになりました。次回は、予定していた食事の際のBGMなど、機会に応じた音楽についてインタビューしていきます。


塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
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ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
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古典派シンフォニー百花繚乱
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2017年11月08日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(1)

新企画スタート! ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪ 


古典派時代 流行作曲家は100人以上?!

— 塚田さんのサイト《古典派シンフォニー百花繚乱》では、18世紀初頭から1823年(ベートーヴェンが第9番「合唱付き」を作曲した前年)までに活躍した作曲家が取り上げられていますが、現時点(2017年11月6日)で32名! 今は知られていない、当時流行した作曲家がこんなにいるということにとても驚かされました。

このサイトで紹介したい作曲家を思いつくままにリストアップしていますが、古典派時代にシンフォニーを作曲していた作曲家がもう100人を超えています。この中から誰をセレクトして紹介しようかと迷うぐらいたくさんいますね。 しかも、今の時代すごいのが、それらの作曲家たち、辞典の中に鎮座しているだけではなく実際に彼らのシンフォニーがCD等で聴けるのです!

— このサイトはそれを聴けるのが魅力ですね。

私はこのサイトで紹介する条件に「実際に音が聴ける作曲家(録音のある)」と掲げています。今まで紹介してきた32人のページには各々YouTubeにリンクがはってあって、実際にシンフォニーが聴けるようになっています。アンテナを張り巡らせば、今すぐにでも聴ける古典派シンフォニーなのです。 しかも大概のそれら演奏は刺激的でおもしろいもの。未知の作曲家たちのシンフォニーがヴェールの向こうから立ち現れてくる瞬間はとても興奮しますね。 古典派の作曲家というと、大抵の人は指折り数えても、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ボッケリーニ・・・と両手にもいかずに終わってしまうと思うのですが、本当にたくさんの作曲家がいたのです。

古典派シンフォニー百花繚乱サイトトップページ


お抱え音楽家は大忙し。料理などの雑務をこなしていた音楽家もいた?!

— これらの演奏がとても刺激的でおもしろいのは、そういう楽曲が求められたということでしょうか。宗教音楽を除いて、当時の作曲家にはどのような活躍の場があったのでしょう?

古典派シンフォニーがどこで書かれていたかを知るのは、当時の歴史の流れや勢力図を見るようでなかなかおもしろいんですよ。多くの音楽家を雇える皇帝や選帝侯、大司教の治める街には大概それなりの大きなオーケストラが組織されていたんですが、フランス革命前夜より、王族は縮小への道を余儀なくされていきます。モーツァルトが就職活動に窮した話は有名ですけど、実は1780年代、音楽家を雇い入れる余裕のあるかつての大宮廷は驚くほど急激に減少していきました。
神聖ローマ帝国内の現在のドイツは昔、さまざまな領邦国家から成り立っていたことはご存知だと思います。ごく小さな国でも、音楽好きの領主は音楽家を集めて音楽会を催していました。大抵はオーケストラまでは組織できませんでしたが、力のある貴族は、かなりの音楽家を召しかかえていました。代表的な例は、ヨーゼフ・ハイドンを雇い入れたエステルハージの宮殿でしょう。他にもレーゲンスブルクのトゥルン・ウント・タクシス公やエッティンゲン=ヴァラーシュタインの宮廷など、小さな街でも個性的なオーケストラが組織された例がいくつもありました。


— 小さな街の個性的なオーケストラ! こちらもとても興味があるので、いずれもっと深くお伺いしたいのですが、まずはシンフォニーが貴族の宮廷でどういった機会に演奏されたのかについてお話しいただけますか?

そうですね。モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」はご存知ですか? 終幕、ドン・ジョヴァンニが石像になった騎士長を夕食に招くシーンで、舞台上に管楽合奏団(オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンが2本ずつ)が並んで、ドン・ジョヴァンニの求めに応じて、流行りの曲(歌)を次から次へと演奏してゆきますよね。ドン・ジョヴァンニはスペインの貴族ですから、やはり8人ぐらいの音楽家を雇っていたのでしょう。
ちなみに彼らは演奏だけをしていたわけではありません。主人がテーブルにつく前は、テーブルに並ぶ料理をつくっていたでしょうし、食事を用意する合間には庭師、会計係、などなど昼間はそのような雑務をこなしていたのだと思います。大きな街の音楽家だったら、劇場や宮廷をハシゴしていろんなところで演奏していたんではないでしょうか。
金銭的に余裕のある貴族は、そこに楽長、つまり音楽に専念する人を一人雇って、オリジナル曲を作曲させたのです。ハイドンはエステルハージで、楽器の管理から音楽に関する細かな仕事を一手に任されていました。朝から大忙しです。
演奏する場所は、それこそ宮廷の事情によりさまざまだったのではないでしょうか。食事の際のBGM、広間での演奏。そう、劇場までもっている貴族はそうそういませんから、オペラは王族が管理、シンフォニーに代表される器楽作品は、こういった地方の貴族の元でつくられることが多かった、とひとつ言えそうです。これらは一例ですが。


次回は、食事の際のBGMや貴族が催す音楽会で演奏された作品、その楽器編成などについて伺っていきます♪


塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
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森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
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