ピアノ/ピアノの歴史

2007年03月06日

ピアノの歴史7【ハープシコードからフォルテピアノへ】

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【ハープシコードからフォルテピアノへ】

ピアノが普及するのは18世紀末のこと。
それまでは、クラヴィコードやハープシコードが主流でした。
クープラン、ラモー、スカルラッティ、ヘンデル、バッハ

では、ハープシコードの時代から突然フォルテピアノの時代へと突入したのでしょうか?
もちろん違います。
この2つの楽器は同時期に共存し、
ハープシコードからフォルテピアノへと橋渡しをした作曲家がいるのです。
バッハの息子たち、ハイドン、クレメンティ、モーツァルトなどがそうです。

ハイドンやモーツァルトを演奏するとき、ピアノだけを連想しますか?
それともチェンバロやクラヴィコードも連想しますか?
この時代の楽曲を見ると、
チェンバロやクラヴィコードのための曲と思えるものが多々あります。
モーツァルトが幼少期に作曲したものは、
チェンバロやクラヴィコードのための曲ばかり。
モーツァルトは旅行にクラヴィコードを持ち歩きました。

基本的に1770年代のウィーンではチェンバロが主流でした。
ウィーンは保守的だったのですね。
その7年後、モーツァルトはフォルテピアノをアウグスブルクで見て感激しています。
モーツァルトが21歳のときのことです。

1790年代にはウィーンでもフォルテピアノが優勢となります。
1790年ハイドンは、ある婦人にシャンツ製のフォルテピアノを勧めています。
ハイドン自身1788年にシャンツのフォルテピアノを購入した形跡があるそうです。
ハイドンが56歳のときのことです。

フォルテピアノが優勢になる以前、
これら作曲家の作品は、チェンバロやクラヴィコード、フォルテピアノと、
様々な鍵盤楽器で演奏されました。
ハイドンの初期と後期、モーツァルトの初期と後期の楽譜を、
これら楽器の変遷を想像しながら眺めるのも面白いですヨ。


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2007年03月07日

ピアノの歴史8【フォルテピアノの誕生】

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【フォルテピアノの誕生】

クラヴィコードは、強弱がつき感情表現豊かな楽器でしたが、音量が貧弱でした。
ハープシコードは、音量は充分にありましたが、微妙な感情表現ができませんでした。
クラヴィコードのように豊かな表現が可能で、
なおかつ音量の大きな楽器はないものか?

現代のピアノに繋がるピアノが誕生したのは1709年のこと。
フィレンツェのクリストフォリの考案でした。
残念なことに、この史上初のピアノは現存していません。
ただ、クリストフォリは改良を続けたので、
現存しているピアノもあります。
  ・・・・1709年はバッハとヘンデルが24歳の頃です。


そのうち最古のピアノは1720年製のもの。
ニューヨークのメトロポリタン美術館が所有しています。
 ・・・・・ニューヨークへ行った際に見ることができたのですが、
     触れるわけでもなく、実感を持てぬまま帰ってきてしまいました。(_ _;)

クリストフォリ最後のピアノとして残っているのは1726年製のもの。
ライプツィッヒのライプツィヒ大学(旧カール・マルクス大学)の楽器博物館が所有しています。

この頃のピアノは、まだチェンバロの箱を借りての作品。
現代のピアノに比べるとハンマーも驚くほど小さいですし(親指くらい)、
弦も驚くほど細く短いです。
ハンマーの素材が現代とは違うせいか、
実際の音はというと、現代のピアノよりチェンバロに似て聴こえます

驚くことに、クリストフォリのピアノにはウナ・コルダ・ペダルが備わっていました。
キーに対して弦2本が張られており、
ウナ・コルダ・ペダルを踏むと、鍵盤が横にずれて弦1本を打弦する仕組みです。

その他にも現代のピアノに備わっている様々な機構が備わっていました。
例えば、エスケープメント
ハンマーが弦を叩いたあと、すぐに弦から離れるようにする機構です。
そして、バックチェック
戻ってきたハンマーがはねかえって再び弦を叩いてしまわないようにし、
次の動作へ移れるよう元の状態に戻しておくという機構です。

「ピアノもフォルテも出せるチェンバロ」(クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ)、
を発明したクリストフォリ。
クリストフォリが仕えたメディチ家の楽器目録には「アンピチェンバロ」と書かれています。
「小さなハンマーのついたチェンバロ」(クラヴィチェンバロ・ア・マルテレッティ)と
呼ばれたこともあったそうです。

クリストフォリのピアノは、「新しいチェンバロ」として受け止められたのですね。
「クラヴィチェンバロのための」と書かれた曲でも、
一概にチェンバロのためとは言い切れないということでもあります。

いつも当時って現代より自由だったんだろうな〜と思うのです。
バロック時代の楽曲は、ただ楽譜通り演奏するだけではなく、
途中にアレンジ(即興)が入ったりします。
舞曲形式の楽曲はリピートがついていますが、
2回目の演奏では楽譜通りに演奏せずに、
装飾音をつけてみたり、ハーモニーをつけてみたり。
様々に即興されたそうです。

楽器についてもそうです。
チェンバロで弾いたり、クラヴィコードで弾いたり。
場合によっては、あるソロ楽器のための楽曲を、
合奏曲に編曲してあったりもします。
1つの楽曲をいろんな編成で使いまわす・・・というか。(笑)
そういうことが日常的に行われていたんですよね。
ショパンの時代ですら家庭で楽しめるようにと、
ピアノコンチェルトを室内楽用に編曲して出版していたりするのですから。

バッハのフーガの技法は楽器指定がなされていません。
レオンハルトは、この曲をチェンバロのための曲だと解釈し演奏しています。

バッハ:フーガの技法&クラヴィーア練習曲集第2巻

パイプオルガンのための曲だと解釈する人もいます。
弦楽四重奏団がこの曲を演奏することもありますし、
他の編成による合奏で奏でられることもあります。
私はトン・コープマンとティニ・マトーの、
2台のチェンバロによるCDを持っています。

バッハ:フーガの技法


私はというと、どの楽器のためだという正解はなく、
バッハ自身も「この楽器編成でなければダメだ。」という意識は、
あまりなかったのではないかなぁ、などと想像しています。
大切なのはどの楽器・・・ということではなく、
音はどのような音形を形作っているのか、
ハーモニーはどこへ向かって進み、
旋律と旋律はどのように掛け合っているのか・・・ということだと思うからです。
それって、どの楽器にだって表現できることですよね。

っと、話が大分逸れてしまいましたが。<(;~▽~)
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バッハ:フーガの技法 :エマーソン弦楽四重奏団
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2007年03月12日

ピアノの歴史9【ドイツで初めてのピアノ】

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【ドイツで初めてのピアノ】

1709年、イタリアのクリストフォリがピアノを開発したおよそ25年後のこと。
ドイツのオルガン製作者ジルバーマンが、
1720年製クリストフォリのピアノと酷似したフォルテピアノを製作しました。
  ・・・・クリストフォリのピアノに関する論文を読んだとも、
    あまりに酷似しているので現物を見たのではないかとも言われています。

プロイセンのフリードリッヒ二世は、この楽器に興味を示し、
ジルバーマンのピアノを7台購入しています。

1747年、J.S.バッハはフリードリッヒ二世の宮廷に招かれました。
フリードリッヒ大王自身はフルートが得意で、
その伴奏者として大バッハの息子、エマヌエル・バッハを召抱えていました。
孫の顔を見るためライプツィヒからベルリンへ赴いた大バッハを、
フリードリッヒ大王がサンスーシーの離宮に招いたのでした。

即興演奏が得意だった大バッハは、そこでさまざまな即興演奏を行い、
のちにそれをまとめてフリードリッヒ二世に献呈しています。
 ・・・・・『音楽の捧げもの』BWV1079

このとき、大バッハは1747年製ジルバーマンのフォルテピアノを試奏しています。
しかし、大バッハはこのフォルテピアノを気に入りませんでした。
当時のフォルテピアノは、まだまだ改良の余地ある未完の楽器で、
すでに完成されたクラヴィコードやチェンバロより劣って感じたのだと思います。

大バッハの指摘を受け、様々な改良をほどこしたジルバーマンですが、
息子が亡くなってしまったため、その技術をドイツに残すことができませんでした。
しかし、弟子たちによりイギリスへ移入されイギリス式のアクションとして発展していきます。
  ・・・・・大バッハの指摘は、バッハ研究者のシュピッタによって以下のようだったと
      言われています

      『バッハはその一台を弾き、音を高く評価したが、
      タッチが重いことと高音が弱いことだけを欠点として指摘した。』


また、息子のエマヌエル・バッハは当時のフォルテピアノについて、
このように語っています。
  ・・・・・『クラヴィーア演奏の正しい技法の研究』1753年出版

『ハープシコードは慨して合奏用、クラヴィコードは独奏用に使われる。
ちかごろのピアノフォルテは長持ちするし、
上手に作られているならば多くの長所がある。
ただ、この楽器のタッチは特別の研究を必要とするが、
それは、なまやさしいことではない。
このピアノフォルテは、独奏や、あまり大きくない編成の合奏では効果的である。
ただ私の考えでは、よいクラヴィコードは、音が弱いことを除いては、
音の美しさではピアノフォルテに劣らないし、
ベーブンクやポルタートをつけることができる点で、
ピアノフォルテよりすぐれている。』


私たちがハープシコードやクラヴィコードを前にしたとき、
改めて奏法を学ばなければならないのと同様に、
当時の演奏者は新しい楽器であるフォルテピアノの奏法を、
研究しなければならなかったのですね。


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2007年03月15日

ピアノの歴史10【スクエア・ピアノ】

ピアノの歴史 銑は、ブログカテゴリ『音楽/ピアノの歴史』からご覧ください。
【スクエア・ピアノ】

ジルバーマンが亡くなった直後、
プロイセンとオーストリアの間に7年戦争が勃発しました。
ベルリン楽派の優秀な音楽家たちは次々に宮廷を離れていき、
ジルバーマンの技術を受け継ぐ弟子たちは、
1760年集団でイギリスへ渡ります。

弟子たちのリーダーであったツンペは、
1761年に自分のアトリエを持ち、
そこでスクエアピアノを製作しました。
現存している最も古いスクエアピアノは1766年製のものです。

Squarepiano

これは国立音楽大学所蔵のスクエアピアノ。製作年代はわかりません。

この楽器、クラヴィコードに似ていると思いませんか?
当時のフォルテピアノは、
古くからある鍵盤楽器の外形や装備を受け継ぎました。
スクエアピアノはクラヴィコードから、
グランドピアノはハープシコードから受け継いだのですね。

ツンペの発音機構は、イギリス式シンプル・アクションと呼ばれています。
ジャックがハンマーレヴァーの根元を突き上げる方式で、
木のハンマーはなめし皮で巻かれていました。

スクエアピアノは小型で経済的だったため、
イギリスで爆発的な人気を勝ち得ます。
クラヴィコードに比べると音量が豊かでしたし、
スピネットに比べると表現力が豊かだったからです。
1770年代には、1年に何百台も製作されたそうですよ。


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2007年05月01日

ピアノの歴史11【イギリスのグランドピアノ】

ピアノの歴史 銑は、ブログカテゴリ『音楽/ピアノの歴史』からご覧ください。

【イギリスのグランドピアノ】

イギリスではピアノの普及がとても早く進みました。
大バッハやエマヌエル・バッハは発展途上のピアノより、
チェンバロやクラヴィコードなどを好みましたが、
イギリスで活躍していたクリスティアン・バッハは違いました。
彼は、新しい楽器だったピアノフォルテに大きな興味を示したのです。

クリスティアン・バッハがロンドンで出版したピアノ協奏曲集やピアノソナタは、
「ハープシコードまたはピアノ・フォルテのためのという楽器指定を持っています。
また、1768年6月1日ミスター・フィッシャーというオーボエ奏者の慈善音楽会では、
ピアノ・フォルテでソロをしています。
クリスティアン・バッハはイギリス王室の音楽教師でした。
その上、バッハ=アーベル・コンサートというシリーズを主宰しており、
ロンドンでのコンサートに大きな影響力を持っていたのです。

そんな気風の中、
ジョン・ブロードウッドはツンペ型のスクエア・ピアノ製作を始めました。
そして、共同制作者であるアメリクス・バッカースやロバート・ストダートとともに、
イギリス式のグランド・ピアノのアクションを完成させていきます。

イギリス式のアクションはハンマーが鍵盤先端の方を向いており、
突き上げ式のアクションと呼ばれています。
 ・・・ハンマーが鍵盤の方を向いているものはウィーン式。
エスケープメント機構が備わっており、
 ・・・ハンマーが弦を打った瞬間、素早く元の位置に戻るための装置。
不快な倍音も減り、均衡した音質を得ることができるようになりました。
音域も拡大され評判を得たブロードウッドのピアノは、
1800年には年間400台も生産されたそうです。

このイギリス式アクションは現代ピアノに継承されています。
この構造だとハンマーを大きくすることができるそうで、
音量が大きく鍵盤が重くて深いのが特徴です。
ベートーヴェンのソナタは、
18番以降がこのイギリス式アクションのピアノで作曲されているそうです。

面白いことにイギリスでは音量の小さなクラヴィコードより、
音量の大きなチェンバロの方が好まれました。
そういった音の好みが、この力強いイギリス式アクションを生み出したのですね。


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2007年06月14日

ピアノの歴史12【フランスのグランドピアノ】

ピアノの歴史 銑は、ブログカテゴリ『音楽/ピアノの歴史』からご覧ください。
【フランスのグランドピアノ】

フランスでのピアノ演奏の最初の記録は、
1768年マドモアゼル・ルシャントルによる演奏。
このときの楽器の評判はあまり芳しくなかったそうですが、
1775年には当時有名だった歌手アルバネーゼが、
「歌の伴奏にはハープシコードよりも、
ピアノの方が適している」
と言ったそうです。

この時期フランスで愛用されていたピアノの多くは、
イギリスやドイツから輸入されたスクエア・ピアノや、
ジルバーマンのグランド・ピアノでした。
ルイ16世は、1790年ベルギーの製作者タスカンのグランド・ピアノを購入しています。
当時はまだ外国の楽器で、
国内生産はされていなかったんですね〜。

あのフランスのピアノメーカーで有名なエラール。
セバスティアン・エラールが始まりです。
1777年イギリスのツンペのスクエア・ピアノをモデルに、
製作したのが最初でした。
その後、エラールのスクエア・ピアノは大人気となり、
「王の勅許を得ずにピアノを製造している」と
抗議を受けたほどでした。

そのとき、ルイ16世はピアノ製造の許可を与え、
エラールを庇護しました。
そして1789年のフランス革命。
エラールはイギリスに亡命しなければならなくなりました。

しかし、このイギリス行きはエラールにとってプラスに働いたようです。
ブロードウッドのグランド・ピアノに接することで、
グランド・ピアノのアクションを学べることになったからです。

1796年フランスに戻ったエラールは、
最初のグランド・ピアノを製作します。
その後改良を続け、1803年にはベートーヴェンに贈呈するまでになります。
エラールのピアノはイギリスと同じ突き上げ式でしたが、
エラールはこのイギリス式の持つ弱音と連打が難しいという点を改良しました。
鍵盤を完全に元に戻さなくても次の打鍵ができるようにしたのです。
イギリス式のダイナミズムとウィーン式の軽やかなアクションが同時に備わっている、
理想的なピアノが生まれました。
現代ピアノの原型とも言える形が、このとき生み出されたのですね。

・・・・ウィーン式アクションについて
   鍵盤に対してハンマーの向きが正反対。
   現代のピアノと逆向きにハンマーがついています。
   これは突き上げ式に対して、跳ね上げ式と呼ばれています。


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