音楽/ピアノの歴史
2007年11月13日
ピアノの歴史21【近代ピアニズムの原点】
ピアノの歴史1〜20は、ブログカテゴリ『音楽/ピアノの歴史』からご覧ください。
【近代ピアニズムの原点】
1709年クリストフォリがピアノを発明してから61年、
1770年にベートーヴェンは生まれます。
ベートーヴェンが活躍し始めた頃、ピアノは一大ブームを起こし、
公開演奏が行われたり、楽譜出版が商売として成り立ち始めます。
演奏料やレッスン料、出版の印税などで生活が成り立つようになったのです。
ピアノの普及に伴いピアノメソッドも確立していきました。
クレメンティはピアノ奏法入門を書いていますし、
チェルニーは教本を書いています。
エチュードが出現し、指を鍛えるための機械も発明されました。
モーツァルトにピアノを学んだフンメルは、
当時名声を博したピアニストの1人でした。
『モシュレスと並んでフンメルは、
モーツァルトに始まったピアノ演奏史上、
ウィーン楽派のほんとうの代表者となった。
彼らは、イギリスの楽器と対照的だった
ウィーンのピアノのメカニズムにもとづく奏法を確立したのである。
〜中略〜
その装飾演奏法は、モーツァルトからショパンへと
直接橋渡しする意味を持っていた。』
フンメルはウィーン奏法について、
「ピアノフォルテ奏法の理論的・実践的な指針」を
出版しています。
これまでお話してきたように、
ウィーンのピアノは、イギリスのピアノに比べ軽やかさが特徴でした。
モーツァルトが演奏していた楽器は、
この軽やかなウィーンの楽器でした。
そしてその意思を継いで奏法として確立したのがフンメルだったのですね。
フンメルは教育者としても傑出しており、
その中にタールベルクという有名な弟子がいます。
タールベルクは10代の頃ウィーンの奏法で学びますが、
その後ヨーロッパを演奏旅行するなかで、
イギリス奏法の流れを引くカルクブレンナーにも学びました。
タールベルクは1837年にリストと競演し、
生涯を通じてリストのライバルになった人です。
カルクブレンナーは指を鍛えるための機械を作った人で、
ショパンは一時期彼を崇拝した時期がありました。
『これからはカルクブレンナーのように弾いてみたい。
パガニーニが完成のきわみだとすると、
カルクブレンナーも彼に匹敵する存在だ。
あの人の落ち着き、うっとりするようなタッチ、
他とは比べようもないあの均質な演奏、
卓越した技法によるしっかりした音の響き、
こういったものを言葉で言い表すのは不可能だ。』
しかし、もっぱらメカニズムの練習に重きを置き、
ほとんど指先のみを動かして手導器をもちいるという
カルクブレンナーのメトードはショパンには合わず、
カルクブレンナーとの関係はどこかよそよそしいものになっていったのでした。
フンメルからウィーン奏法を学び、
カルクブレンナーからイギリス奏法を学んだタールベルクの演奏は、
『クレメンティに由来するイギリス奏法の絢爛たるテクニックと、
モーツァルトからフンメルに受け継がれた
ウィーン奏法の歌うスタイルとが結合されて、
フレージングや表情が、
火花のようなパッセージ・ワークと共存し、融合している。』
と評されました。
ベートーヴェンの時代、
モシェレスはウィーンで最も人気の高いピアニストの1人で、
ロンドンではクレメンティーやクラーマーと並ぶ名演奏家と賞賛されました。
1824年にはベルリンで15歳のメンデルスゾーンを指導しています。
翌年からロンドンに定住し、王立音楽学校のピアノ教授になりました。
このとき前述のタールベルクを指導しています。
その後ライプツィヒ音楽院で多くの弟子を育てました。
ウィーンとイギリスという対照的な2つのピアノが共存していた時代、
ピアニストはそのどちらにも関わる機会があり、
またそのどちらも知っておく必要があったのかもしれないですね。
このモシェレスはウィーン奏法とイギリス奏法、
2つの伝統をドイツのライプツィッヒにもたらしたのでした。
ウィーンの音楽批評家はこのモシェレスを
『ピアノの古典楽派最後の代表者であると同時に、
新時代の開拓者』
と評しています。
そのほか、イギリス奏法・ウィーン奏法の両方を受け継いでいる人に、
あのチェルニーがいます。
チェルニーはベートーヴェンの弟子として有名ですが、
1800-1803年までの3年間ベートーヴェンから学んだ後、
ウィーン奏法のフンメル、イギリス奏法のクレメンティにも学んでいます。
両方の奏法を受け継いだチェルニーは、
名教師として名を馳せ、
リストやクーラック、レシェティツキらを育てたのでした。
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2007年11月01日
ピアノの歴史20【ウィーンピアノの衰退】
ピアノの歴史1〜19は、ブログカテゴリ『音楽/ピアノの歴史』からご覧ください。
【ウィーンピアノの衰退】
1815年頃のウィーンには、
なんと100以上のピアノ製作工房があったそうです。
ウィーンは、ヨーロッパでの主要なピアノ生産地だったのですね。
その中でも特に有名なのは、
ナネッテ・シュトライヒャーの工房、
コンラッド・グラーフの工房、
ベーゼンドルファーの工房(ブロトマンから譲り受けた工房)です。
シュトライヒャーのピアノは、これまで何度も登場してきました。
グラーフはベートーヴェン最後のピアノを製作しました。
クララ・ヴィーク(シューマンの妻、ピアニスト)にピアノを贈っています。
ウェーバーが所有していたピアノは、ブロトマンのピアノでした。
このブロトマンの弟子ベーゼンドルファーは、
1830年には王室御用達というタイトルを獲得しています。
19世紀半ばのピアノに求められていたもの。
それは音量の増大でした。
宮廷音楽から庶民の音楽へ。
狭い空間での演奏から広いホールでのコンサートへ。
そして、ピアノ奏法も格段にレヴェルアップし、
名人芸を披露するピアニストが多く輩出された時代だったのです。
音量の増大とともに必要だったのが音域の拡大です。
高音域を拡大するのは大して大変ではなかったようです。
弦が短いので、それほどフレームに負担をかけずに済みました。
しかし、低音弦は長く重たいものでした。
この弦の張力を支えるためには、フレームを強化する必要があったのです。
この弦の張力に耐えつつ音量を増大していかなければならないという、
フレーム構造の発展において、
ウィーンはイギリスやフランスより遅れていました。
シュトライヒャーは鉄片で強化したフレームを試作しました。
ホクサという人は鋳鉄のフレームを作りました。
グラーフは一生木のフレームにこだわり続けました。
軽いタッチと明るい音色を持つウィーンピアノの良さは、
木のフレームと切り離すことのできないものだったからです。
しかし19世紀半ばの需要は、
音量増大による輝かしい響きにありました。
私は技術者ではありませんし、物理も全くわからないのですが・・・。(^_^;)
フレームを強化しようと思うと、倍音を減少させることになるそうです。
しかし音量を増大させるためには、
弦の張力を大きくしてフレームを強化しなければなりません。
その上、この強い張力をもった弦を十分に鳴らすためには、
強い打弦が可能なアクションが必要になってきます。
弦の張力に負けないようハンマーを重くすると、
ピアニストが触れるキーはより深く、重たくなります。
ウィーン式ピアノの良さがなくなってしまう・・・。
また、これでは名人芸を披露するピアニストや、
それを求める聴衆に受け入れてもらえません。
ウィーン式ピアノは、この苦悩の時代を乗り切ることができませんでした。
現代のピアノは、ウィーン式ではなくイギリス式です。
私たちは普段、イギリス式のピアノにしか触れることができません。
しかし、ウィーン式の持つ軽いタッチや明るい音色はとっても魅力的!
私はまだウィーン式のピアノに触れたことがないんですよね。(T_T)
いつか触れてみたい。そしてその軽やかさと響きを指で感じてみたい。
・・・・・ベーゼンドルファーは19世紀後半にイギリス式アクションに切り替わりました。
そして、そのピアノでモーツァルトを弾いてみたいと思うのです。
【おまけ】
以前三大メーカーのピアノを聴き比べるという、
とっても魅力的な講座に行ったときのコト。
フレームのお話になったのです。
それぞれメーカーによってフレームの作りが違う・・・と。
でね、面白いのがそれによって倍音の出方が違うということなのデス。
メーカーは、こういうバランスの倍音が欲しい!と思いながら、
フレームを作るんですね〜。
この倍音の出方の違いが、そのままメーカー特有のピアノが持つ音色となります。
それぞれのピアノで、倍音を聞き比べました。
第3倍音が大きめに聴こえるピアノ、
それ以外の倍音も複雑に入り混じって聴こえるピアノ。
ベーゼンドルファーは、イロイロ入り混じっていて聴こえたピアノでした。
すごく個性的な音色だなぁと思ったんですよね〜。
家に帰ってきてカワイのピアノで試してみたら、
第3倍音だけが妙に響いてきて、それ以外の倍音はあまり聞こえてきませんでした。
安いピアノだったから、音色が単色なんだなぁ〜(^_^;)
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2007年10月29日
ピアノの歴史19【ベートーヴェン第4期】
【ベートーヴェン(1770〜1827)】
このピアノは国立音楽大学楽器学資料館が所蔵している、
1820年製のブロードウッドです。
・・・・ベートーヴェンが持っていたピアノの音域と同じ。
写真で見る限り、形もそっくりです。
1817年47歳の誕生日を迎えたベートーヴェンに、
1台のピアノが贈られました。
カルクブレンナー、リース、フェラリ、クラーマー、クニヴェットら
ロンドンに在住していた音楽家からの贈り物、
ジョン・ブロードウッド・アンド・サンズのグランドピアノでした。
イギリス式のアクションを持ち、
音域は6オクターブありました。(C1-c4)
ダンパーペダルとシフトペダル付き。
右側のダンパーペダルは2本に分かれており、
そのうちの右側が高音域のダンパーを持ち上げ、
左側は低音域のダンパーを持ち上げました。
・・・・・一体どんな感じなんでしょうね〜。
面白い使い勝手のよさそうな機能ですよネ。
ベートーヴェンはこのピアノを終生所有し続けました。
現在、ハンガリー国立博物館が所蔵しています。
【1818-1821年頃・・・使用楽器ブロードウッド製C1-c4】
〜イギリス式6オクターブ〜
ピアノソナタOp.106第3-4楽章、Op.109、Op.110、Op.111
作品106の第1-2楽章には、このブロードウッドにはない高音域が使われています。
ブロードウッドを手に入れる前のピアノはf4までの音がありましたが、
このブロードウッドはc4に留まります。
しかし、低音域が4度も広がりました。
第3-4楽章をこのピアノで作曲したベートーヴェンは、
第4楽章で初めてC1という最低音を使っています。
この音は第4楽章の115小節目に出てくるのですが、
面白いことにすべての音がオクターブで書かれているにも関わらず、
最初の1音はオクターブで書かれていません。
これは、このピアノでは出せなかった音だからなのですね。
・・・・・こうやってみると、本当にベートーヴェンの意思を尊重するならば、
この音をオクターブで弾くべきなのでしょうか?
しかし右手が大きく跳躍し上昇する勢いを感じるのは、
第2音目からだとするなら楽譜通りの方がいい気もしますし。
ベートーヴェンはピアノの性能をわかった上で、
この第1音目だけはオクターブで弾かなくてもいいように、
作曲したのかもしれないですよね〜。
オクターブで弾くか弾かないか。
ピアノを弾かない人にとってはどうでもよさそうなことでも、
実際弾く人間にとっては音楽の感じ方が全く異なってくるので、
結構重要だったりするんですよネ。
その後作曲された作品109や作品111には、
このピアノでは弾けない高音が使われています。
しかし、当時のピアノで不可能だったわけではなさそうです。
ウェーバーがこの頃持っていたピアノの音域は6オクターブ半あり、
これら作品を演奏できる音域を持っていたからです。
ベートーヴェンにとって最後となったピアノは、
コンラッド・グラーフが製作したものでした。
ベートーヴェンの死の数年前に作られたピアノのようです。
このピアノはウィーン式のアクションで、
ベートーヴェンが所有してきたピアノの中で一番広い音域を持っていました。
しかし残念ながら、
このピアノでピアノソナタやピアノ協奏曲が作曲されることはありませんでした。
『ベートーヴェンはピアノの不完全さについてひどく不満を述べ立て、
こんなピアノでは効果のある音も、力強い音も出すことができない、
と言ってブロードウッドのピアノを指し示した。
私の目に映ったのは、なんと惨憺(さんたん)たる場景だったことか。
高音部はもはや全然音が鳴らなかったし、切れた弦がからまって、
まるで嵐の突風に吹き寄せられた茨の塊のようなありさまであった。』
--------1824年9月、最後のソナタ(Op.111)を書き終えたベートーヴェン。
そのときベートーヴェンの自室にあったブロードウッドについて。
(ハープ製作者のヨハン・アンドレアス・シュトゥンプの手記より)
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2007年10月15日
ピアノの歴史18【ベートーヴェン第3期】
【ベートーヴェン(1770〜1827)】
どうやら判明していないものが多いようです。
作品の中から、どういったピアノだったのかを
ちょっと垣間見てみましょう。
エラールのピアノを物足りないと感じていたであろう
この時期のベートーヴェンが作曲した作品、
・・・・そして「傑作の森」の最後の年を飾る作品
告別ソナタとピアノ協奏曲第5番には、
これまでにない変化があらわれます。
それは、最高音c4を越える音が使われているということです。
・・・・F1-f4の6オクターブ
これら2曲は、これまで使用していたエラールでは演奏できません。
この時期のピアノは、使用音域やベートーヴェン書簡などから、
シュトライヒャーが貸したピアノを使用していたのではないかと考えられています。
当時シュトライヒャーのピアノには6オクターブの音域があり3本ペダルが付きで、
これらの楽曲に符号するからです。
告別ソナタから次の作品、ソナタOp,.90を作曲するまでには、
4,5年の空白がありますが、
この楽曲の音域はF1-c4と再びエラールの音域と同じです。
さらに2年後の1816年に作曲された次のソナタop.101では、
E1-e4の6オクターブの音域。
なんだかこれまでのベートーヴェンに比べ、
この時期のベートーヴェンは、
ずいぶんとピアノ作品の数が少ないですよね。
音域を広めたかと思うと再びエラールの音域になったりして、
これまでピアノの発展に合わせてイケイケ!で作曲していたベートーヴェンらしくないというか。
なかなか納得できるピアノに出会えなかったということなのでしょうか。
なんだかベートーヴェンのもどかしさを感じますね。
1816年ベートーヴェンの希望により、
シュトライヒャーが6オクターブ半のピアノを作ったという説があるようですが、
ベートーヴェンは1817年シュトライヒャーに宛てて手紙を書いています。
『さて、シュトライヒャーにとくにお願いがあります。
私の弱った耳にあうように、
あなたがたのピアノのうち1台を調整していただきたいというのが、
私の願いです。
できるだけ大きな音にしてほしいのです。』
1816年冬から翌年にかけて、
ベートーヴェンが2台のピアノを持っていたことがわかっています。
1台は5オクターブの桜材の古い二重弦のピアノ、
もう1台はマホガニー材の四重弦の6オクターブのピアノです。
シュトライヒャーから借用したと思われる、
このマホガニー材のピアノにはシフト・ペダルが備わっていました。
ソナタop.101には、
この鍵盤を横にずらし1弦だけを打つようにする、
「スール・ウナ・コルダ」の指定があります。
ベートーヴェンが初めてシフト・ペダルの指示を記入した作品です。
1812年ウィーンの出版者ゲッツルは、
ベートーヴェンが即興演奏したときのピアノの状態について、
こう書きました。
『もはや音楽を弾くどころの騒ぎではなかった。
弦の半分ほども切れてしまったからである。』
-------------------------------ベートーヴェン第4期は次回につづく
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2007年10月03日
ピアノの歴史17【ベートーヴェン第2期】
【ベートーヴェン(1770〜1827)】
1802年10月6日・10日、
ベートーヴェンはハイリゲンシュタットで遺書を書きます。
死を覚悟してなお、芸術への強い思いに奮い立ち、
演奏家から創作家としての復活を果たしたのです。
『牧人が歌うのを人が聴いて、
私には聞こえなかったときには、
あわや自殺しようとしたこともある。
しかし私の芸術だけがそうした思いを引き戻した。』
『自殺により生涯を終わらせないできたのも、
徳と自分の芸術のお陰だ。』
『不幸な人は、自分と同じ不幸な者が、
自然のあらゆる障害にもかかわらず、
価値ある芸術家と人間の列に加えられようと、
全力をつくしたことを知って、
そこに慰めを見いだすがよい。』
1803年『英雄交響曲』の筆を進めていたベートーヴェンに、
エラールからグランドピアノが贈られました。
5オクターブ以上の鍵盤を持つピアノで、
現存しているベートーヴェンのピアノ3台のうちの1台です。
エラールから贈られたピアノは、
これまでの5オクターブより5度高音域が広がったもので(F1-c4)、
弦は2本から3本弦に強化され、ペダルも充実。
アクションはイギリス式で、
これまでベートーヴェンが使用してきたウィーン式に比べてキーの沈みが深く、
和音が豊かに響きました。
また、弦の張力が強く低音も大きな音量が出たのです。
この今までにない画期的な性能を持ったピアノで、
ベートーヴェンは7曲作曲します。
【1803-1809頃・・・使用楽器エラール製F1-c4】
〜イギリス式5オクターブと5度〜
ピアノソナタOp.53、Op.54、Op.57、Op.78、Op.79
三重協奏曲、協奏曲No.4
ヴァルトシュタイン・ソナタ(Op.53)の冒頭部では、
エラールの充実した低音域の響きが生かされました。
高音部と低音部の極端な対比や、
ダイナミックスの急的な変化です。
c4まで拡大された音域も存分に活用され、
高音のメロディがフォルテシモで表されたり、
パッセージでこのピアノの最高音を使ったりしています。
しかし、ベートーヴェンがエラールのピアノを使ったのは、
1809年秋までのこと。
1810年、ベートーヴェンはシュトライヒャーに宛てて手紙を書いています。
『君の店の入口のドアのそばに置いてあるピアノフォルテが、
私の耳のなかで鳴りつづけているのを、どうにもとめられない。
この楽器を選んだことで感謝されるだろうということは確かだ。
だから、それを送ってくれ。
その楽器が君の考えているよりタッチが思いとしても、
たぶん我々はその難しさを克服できるだろう。』
すでにこの頃のベートーヴェンにとって、
エラールのピアノは物足りないものとなっていたのですね。
-------------------------------ベートーヴェン第3期は次回につづく
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ベートーヴェン ピアノソナタ 作曲学的研究
ベートーヴェン 32のソナタと演奏家たち〈下〉
図説 ベートーヴェン―愛と創造の生涯
作曲家と出会うベートーヴェン その生涯と作品
ベートーヴェンの生涯
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2007年09月07日
ピアノの歴史16【ベートーヴェン第1期】
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【ベートーヴェン(1770〜1827)】
『音楽に対する情熱は、住民のあいだで非常に増大している。
ピアノフォルテもまた、とくに愛好されている。
当地にはアウグスブルクのシュタインの作った
ハンマークラヴィーアが数台あるし、
ほかにも、これに見合う良い楽器がいくつかある。
若いフォン・グーデナウ男爵が、
ピアノフォルテを立派に正しく弾きこなしている。
そのうえ、楽長の子ども(孫)の若いベートーヴェンもともに、
賞賛すべき早熟の才能を発揮している点で
特筆に値する。』(1787年「クラーマー音楽雑誌」ボンからの通信)
1787年(17歳)、ウィーン旅行に出発したベートーヴェンは、
モーツァルトを訪ね即興演奏をします。
「彼を見守りたまえ。
今に彼は世の話題となるだろうから。」
モーツァルトがこう語ったというエピソードは有名です。
その反面ベートーヴェンはこのときのモーツァルトの演奏を
弟子のチェルニーにこう語っています。
「モーツァルトの演奏は見事であったが、
ボツボツと音を刻むようで、レガートではなかった。」
チェンバロとピアノフォルテの奏法の違いを
物語っているように私には聞こえます。
逆に受け止めれば、
モーツァルトの楽曲をベートーヴェンの楽曲のようなレガートで弾いては、
モーツァルトらしくない重ったるい演奏になってしまう・・・ということなのでしょうね。
このウィーン旅行の帰途、ベートーヴェンはシュタイン工房を訪ねています。
母の危篤でボンに帰ったベートーヴェンは、
母が亡くなり仕事をしなくなった父の代わりに、
家族の面倒を見なければならなくなりました。
そこで知り合ったのがブロイニング家の人々です。
自分の子どものようにかわいがってくれるブロイニング夫人のもと、
ベートーヴェンは多くの名士と出会います。
その中の一人ワルトシュタイン伯は、
ベートーヴェンの才能を賞賛し、
ベートーヴェンにシュタイン製のピアノを贈りました。
以降、ボン時代のベートーヴェンの作品は、
すべてこのピアノから生まれています。
ベートーヴェンがウィーンに定住するようになったのは1792年のこと。
ハイドンなど何人かの先生につき、
対位法や作曲の勉強をしました。
この頃のベートーヴェンが使用したピアノは、
ウィーン式メカニズムのピアノばかり、
発展途上の様々なピアノを使いました。
ベートーヴェンのすごいところは、
ベートーヴェンの才能に惚れこんだ人々が、
ベートーヴェンにピアノを贈っているということです。
モーツァルトのようにピアノ購入に苦労することはなく、
新しいピアノが続々とベートーヴェンの前に現れたのです。
1795年までのベートーヴェンは、
リヒノフスキー侯爵に贈られたフォーゲル製のピアノを使用しました。
【1792-95頃・・・使用楽器フォーゲル製F1-f3】
〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.2 協奏曲No.2 協奏曲No.1
その後1803年までのベートーヴェンは、
アントン・ヴァルター製の膝ペダル付き、
5オクターブのピアノを使用しています。
1800年頃ヤケシュのピアノを購入したとも言われています。
少なくとも、ヤケシュのピアノを持っていたことは事実のようです。
『ライヒャと私は、ヤケシュのピアノで私の芸術を披露するという
楽しみをともにするのです。』(友人ズメスカルに宛てた手紙より)
【1795頃-1803頃・・・使用楽器ヴァルター製F1-f3】
〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.49、Op.7、Op.10、Op.13、Op.14
【1800頃-1802・・・使用楽器ヤケシュ製F1-f3】
〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.22、Op.26、Op.27、Op.28、Op.31 協奏曲No.3
1803年春エラールのピアノに出会うまで、
ベートーヴェンが使用した楽器は5オクターブが標準でした。
もちろん、この時期に作曲された楽曲はすべて5オクターブの音域内で
作曲されています。
とはいえ、「本当はこの音が欲しいのに!」とベートーヴェンが思ったであろう箇所を、
楽譜に見出すこともできます。
ベートーヴェンのもどかしさを感じるのです。
例えば低音の不足。
他の低音はすべてオクターブで書かれているのに、
そこだけオクターブになっていないとか・・・。(ソナタOp.2No.3第2楽章26小節)
その逆で他の高音はすべてオクターブで書かれているのに、
そこだけオクターブになっていないとか・・・。(ソナタOp.10No.1第1楽章128小節)
また、興味深いのは1800年以降から、
”コン・ソルディーニ” ”センツァ・ソルディーニ”という指示が
楽譜に書き込まれるようになったことです。
ソルディーノとは弱音器のことですが、
ベートーヴェンはダンパーの意味で使っていました。
例えば月光ソナタの”Sempre pianissimo e Senza Sordino”は、
ダンパーを使用せずに・・・という意味になります。
鍵盤下にあるレヴァーを膝で押すとダンパーが持ち上げられ、
すべての弦が開放され、倍音が共鳴しました。
現代のピアノでダンパーペダルを踏み続けて月光ソナタを演奏し続けると、
モワモワしすぎて耳に心地悪いですが、
当時のピアノで試すと響きが美しく交じり合い、
本当に幻想的な雰囲気になるのです。
是非一度聴いてみてください!
・・・なかなかそういう機会はないのですが、
最近古楽ブームなので演奏会を探していれば見つかるかも?!
-------------------------------ベートーヴェン第2期は次回につづく
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ベートーヴェン ソナタ・エリーゼ・アナリーゼ!―名曲と仲良くなれる楽曲分析入門
ベードーヴェン全ピアノ作品の正しい奏法
ベートーベン―運命の大音楽家 (講談社火の鳥伝記文庫 (11))
図説 ベートーヴェン―愛と創造の生涯
新編 ベートーヴェンの手紙〈上〉
吉田秀和全集〈1〉モーツァルト・ベートーヴェン
作曲家別名曲解説ライブラリー(3) ベートーヴェン (作曲家別名曲解説ライブラリー)
ベートーヴェン〈不滅の恋人〉の探究 決定版 (平凡社ライブラリー あ 21-1)
新編ベートーヴェンの手紙 下 岩波文庫 青 501-4
ベートーベン―「楽聖」と呼ばれた大作曲家 (講談社学習コミック アトムポケット人物館)
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