2018年03月23日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(9)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪


無弁金管楽器の使用が今後の主流に?!
 
 (8)で、HIP(Historically Informed Performance)「過去に関する知見を生かした演奏」が本場ヨーロッパを中心に世界中で席巻し、今やピリオド楽器を使用する陣営とモダン楽器の陣営の間の壁はかなり低くなって行き来が自由になされているとお話をしました。今回はその続きで、さらなるHIP精神の浸透とその日本における状況などを見ていきたいと思います。


メンデルスゾーン:序曲〈フィンガルの洞窟〉
アントネッロ・マナコルダ指揮/カンマーアカデミー・ポツダム


 この動画は、ドイツの室内オーケストラ〈カンマーアカデミー・ポツダム〉による演奏です。このオーケストラはモダン楽器を使用するオーケストラですが、無弁のナチュラルホルン、ナチュラルトランペット(概ね19世紀前半までのピリオド楽器)が使用されています。金管楽器をピリオド楽器にすることにより絶対音量が抑えられ、他の楽器とのバランスが理想的となり、かつ長管のもつ独特な雑味がオーケストラに効果的なアクセントを与えているのが分かります。
 古典派の作品だけでなく、シューマンやメンデルスゾーンなどの作品でも、このように無弁の金管楽器が使用されるようになっている昨今のオーケストラ。この演奏では弦楽器と木管楽器についてはピリオド楽器を採用してはいませんが、HIPの精神にあふれた奏法[HIPについては(8)を参照]、かつアクティブな演奏で、〈フィンガルの洞窟〉の魅力が余すところなく表現されています。今、指揮者のアントネッロ・マナコルダとともに世界的に注目を浴びているオーケストラです。

 こうした金管とティンパニーをピリオドのナチュラル管を使ってベートーヴェンを演奏しようという試みは、遡ること1990年代の初頭からニコラウス・アーノンクールが試み始め、その後、伝統ある〈チューリヒ・トーンハレ管弦楽団〉がデイヴィット・ジンマンの元でシンフォニーの全集をCD化、さらにシューマンなどもこのスタイルで録音し話題を呼びました。
 現在、金管楽器をナチュラル管で古典作品を演奏しようという考え方は、決して一部のオーケストラだけの偏狭的嗜好ではなく、広く試みられ定着さえしているスタイルです。(8)で紹介した〈ドイツカンマーオーケストラ・ブレーメン〉、そして〈南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団〉、〈ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団〉などの名門オーケストラが、指揮者によりけりながら金管楽器をナチュラル管にして、HIPの精神をたっぷり取り込んで古典派やロマン派の作品に取り組んでいます。

 こういった先鋭的なピリオド奏法は、今やヨーロッパ各都市に蔓延し、我先にと競うように使用楽器や奏法に生かすことに躍起になっているという状況が見られます。例えば、ミュンヘンは今までの伝統に忠実で、重厚なドイツ的奏法を守る牙城だったのが、ついにこの街までがHIP精神溢れるピリオド奏法を受け入れるようになりました。
 ラッカデミア・ジョコーサ(L'Accademia Giocosa)というピリオド楽器を用いるバロック音楽の合奏団は、バイエルン放送交響楽団のメンバーからなっています。オーボエのシュテファン・シッリやフルートのヘンリク・ヴィーゼといったモダン楽器の超有名な首席奏者が古楽器に持ち替えて、なんとバロックの合奏団まで組織してしまったのです!

 そしてついに、全員がモダン楽器とピリオド楽器を持ち替えるオーケストラまで登場。
 〈カンマーオーケストラ・バーゼル〉はメンバー全員が両刀使い。ハイドン時代のピリオド楽器で、指揮のジョヴァンニ・アントニーニとともにハイドン生誕300年に向けてシンフォニー全集の録音プロジェクトを開始しました。しかし彼らはピリオド楽器の専門オーケストラではなく、別のコンサートではモダン楽器でロマン派以降のプログラムを演奏しているのですから驚異的です。この鮮烈なハイドンをお聴きください。


J.ハイドン:シンフォニー 第80番
ジョヴァンニ・アントニーニ指揮/カンマーオーケストラ・バーゼル


 カンマーオーケストラ・バーゼル&G.アントニーニのベートーヴェン第9番シンフォニーのYouTube動画もありますので、彼らの楽器の選択に注意してご覧いただければと思います。リズムの息づく生命力溢れる演奏に度肝を抜かれることでしょう。

 遅ればせながらも、このクラシック音楽演奏の改革とも言える大波は我が国にも到達しています。日本の既存のプロオーケストラでも、ナチュラル管の金管楽器を使用して演奏しているという情報が時折耳に入るようになっています。東京交響楽団は先日、ジョナンサン・ノットというHIP奏法に理解のある指揮者の元、〈ドン・ジョヴァンニ〉全曲をナチュラルホルンで演奏。山形交響楽団は古典派の作品を演奏する時は基本、ナチュラルトランペット&ナチュラルホルンで演奏しています。飯森範親指揮/山形交響楽団が先ごろ完成させた、ピリオド指向によるモーツァルトのシンフォニー全集は、まさにトレンドな記念碑的録音になっています(私もホルン4本編成の作品に参加しています)。


管の長い無弁金管楽器がオーケストラにもたらす効果とは?

— ナチュラルホルンといえば、今月3月13日に〈ナチュラルホルンアンサンブル東京〉の第2回コンサートがありましたね。ナチュラルホルンだけの演奏を聴くのは初めてだったのですが、まさに森の響きそのものでした。正直、最初は音質の不均等さに戸惑ったのですが、そのうちそれがとても心地良くなってきて、最後はもう「超気持ちぃ!」と大興奮。音色の変化が豊かで、特に塚田さんがいう「雑音」の入った音質というのでしょうか、そのはじけるような勢いにみずみずしい生命を感じて、これぞまさに屋外の楽器!と思いました。全身を伸びやかに解放させてくれる音楽ですね。この勢いのある音質があるかないかで、オーケストラの響きは大きく変わるのだろうと思いました。

 東京のプロオーケストラ所属のホルン奏者が集まって〈ナチュラルホルンアンサンブル東京〉というアンサンブルを組織しています。この演奏会で披露した作品はいずれも19世紀のものなんですよ。19世紀(ロマン派の時代)に入るとホルンはヴァルブがついて無弁のホルンは使われなくなっていくのでは?と思われるでしょう。大雑把な話ですが、クラシック音楽におけるオーケストラのレパートリの半分以上は無弁ホルンのために書かれたものなのです。フランスでは19世紀末の作曲家サン=サーンスやオッフェンバックもナチュラルホルンを指定して曲を書いていますし、ブラームスも作曲の際、心の音は当時ヴァルトホルン(森のホルン)と呼ばれていた無弁ホルンを描きながら作曲していました。
 中嶋さんがおっしゃられるように、ナチュラルホルンでは長い管に息を吹き入れるため、きれいに口元で発音しても「ブルッ」というような雑音が生じます。抵抗に抗いスピードのある息を入れると、シンバルかというような激烈な破裂音が出ます。しかし、音質は決して重くなく空気に溶け込むような音(これが高次倍音使用の効果:後述)なので、不必要に弦楽器や木管楽器の音を包んでしまわない。彼らを後ろから押し出すような効果的な響きを出すことができるのです。弱く奏でると柔らかな音質で、右手でベルを塞いだ音のくぐもった響きは神秘的な森の雰囲気。そんな体験をしていただけたのではないかと思っています。

 さて日本でも、こんな重要な楽器を無視していていいわけがない、とホルンについて言えば、優秀な奏者がこぞってナチュラルホルンに興味を示し、今やプロならば楽器ぐらい持っていて当たり前、というような状況になっています。頼もしいことです。〈バッハ・コレギウム・ジャパン〉を始め、どこのピリオド楽器を使用する国内合奏団に聴きに行っても、ホルンはすばらしいプレイを聴かせてくれていますよ。世界に誇れる価値のあることだと思っています。
 ちなみに「ナチュラルホルン」という呼び方は現代のホルンと区別するための呼称であり、18、19世紀にはそのような言い方はありませんでした。各国語で「ホルン」とか「狩猟ホルン」と呼ばれていました。

s-ナチュラルホルン0313
https://natuhotokyo.jimdo.com
〈ナチュラルホルンアンサンブル東京〉のサイト

— ところで、お話を伺っていると金管楽器だけをピリオド楽器に、というのがHIP精神の主流なのかな?と不思議になるのですが。

 確かに金管楽器を見て無弁のナチュラル管だったら、そのオーケストラ、もしくは指揮者はHIP志向の強いオーケストラなのだな、と思って違いはないでしょう。
 管楽器の場合、管の長さ、が音色や倍音構造を決める際の重要なポイントになります。各木管楽器は、時代を経ても、長さ自体は基本的に変わってはいません。各々、数センチの単位で長くなって音域が上下に伸びてはいますが、ある一つの音高を出すにあたっては基本的には同じ長さの管を利用して音を出しています。弦楽器もスコラダトゥーラといって調弦を変えて演奏することがしばしば行われていたとはいえ、奏法さえ注意すれば、それなりの近似値の音を出すことができます。

 ところが、金管楽器の場合、管が長いと音が外れやすくなる上、長い管を通る音がくすんだ音に聴こえると否定的に捉えられてきたため、どんどん管を短くしていったという歴史があります。短い方が確実な演奏がより容易となり、なおかつクリアーな明るい音となるのです。
 トランペットの場合、現代のトランペットは大まかに言うと古典派時代の楽器と比べて半分の長さになっています。J.S.バッハの技巧的なトランペットを現代ではしばしばピッコロトランペットというひじょうに短い楽器で演奏しますが、バッハ時代のオリジナルの楽器と比べると、ピッコロトランペットは1/4の長さしかないのです。
 本来、金管楽器は長くてなんぼの楽器。その長い管に息を吹き込むと並ぶ自然倍音を利用して演奏するというのが基本的な考えの楽器群なのです。自然倍音列の上の方は全音階→半音階と密になっていて、そこを利用して演奏するから、あの高い音域での技巧的なパッセージになるのです。それをピッコロトランペットで4本のヴァルブを駆使して吹くとどういう音質になるか。
 第10倍音で演奏する音(ナチュラルトランペット)と、第2倍音で演奏する音(ピッコロトランペット)は同じ高さの音になりますが、音の密度が全く異なるものになります。
 高次倍音は空気に溶ける風のような軽い音。煌びやかな音と形容してもいいでしょう。基音に近い倍音は、つんざくようなはっきりとした輪郭をもつ重めの音になります。

 またラッカーという石油由来の皮膜を管体に塗布しているか、素のままの真鍮かというのも音質に大きく関わってくる問題です。
 長い管でラッカーのかかっていない楽器を使用してオーケストラ内で演奏すると、唯我独尊にならずに、他の楽器に溶け込む音を出すことができます。この基本的な価値観に最近トランペット奏者自らが目覚め始め、トランペット界の感性の転換が起こっています。今のところヨーロッパに限った現象になりますが、トランペットから徐々にラッカーが剥がされ始めているのです。戦前のトランペットにはラッカーはかかっていませんでした。金管楽器の本来の響きを取り戻そうと自問しだしたそうした奏者から、指揮者にナチュラル管での演奏を自ら提案するようになってきています。


— 奏者側から意識が変わってきているというのは、とても興味深いですね。ところで、他の木管楽器や弦楽器はモダン楽器のままでバランスは悪くならないのでしょうか。

 金管楽器がナチュラル管になりつつあるのには他にも理由があります。金管楽器だけが突出してパワフルになり、オーケストラ全体のバランスを崩すようになってしまった、という理由です。これについては、特に現場ではうなずく方も多いと思います。金管楽器のパワーに負けないように他の奏者たちも力づくで演奏し、いつしかオーケストラがハーモニーの融合よりも、パワー対パワーのぶつかり合いの場と化してしまいました。本来のバランスを取りもどさなければ作曲家の描いた響きから離れるばかり、と自問しだしたオーケストラの良心は評価されるべきことです。
 木管楽器や弦楽器でも、以前のようなパワーに偏重した楽器や奏法から、弱さ・柔らかさの方向へ多彩なニュアンスが表現できる楽器が好まれるようになってきています。ぶっとい音のオーボエ、力づくでヴィブラートを濃厚にかけるフルート、圧を抜かない弦楽器、そのようなニュアンスの伴わない演奏が軽蔑されるようになってきているのは確かな傾向です。
 金管楽器は目に見える改革が行われていますが、そのような楽団では、他の楽器も確実に変化してきています。弦楽器は弦をスチールやナイロンから、天然素材のガット弦に替えてみたり、弓を古典派時代の反りの緩いものを使用したり、細かく見ていくと確実な違いが見られます。また最近、木製のフルートを吹く人が増えましたよね。

 30年以上前のオーケストラの響きと、最近のオーケストラの音づくりの違いを定点観測してみるとそれはおもしろいですよ。〈ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団〉や〈ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団〉などの名門オーケストラの今昔聴き比べ。ヴァイオリン奏者の奏法の変遷など、音源を探し聴き比べをしてみると、さまざまなことが実感できると思います。


塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
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emksan at 09:20│ 知っておきたい!トレンド古典派音楽