2018年02月14日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(7)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

けしごむをください⇒えいおうをうああい?!子音の雑音こそが命!

— (6)のソナタ形式のお話しで、「人物登場の際には明確に新キャラクターを紹介するつもりで区切って演奏することがコツとなる」というお話しがありました。私は、モダン楽器より古楽器の演奏を聴いたときの方が、キャラクターの違いがはっきりと聴こえてきて、また面白さを感じるのですが、塚田さんは古典派音楽を演奏する際、モダン楽器と古楽器にどのような違いを感じていらっしゃいますか?

 おっしゃる通り、ピリオド楽器(古楽器と言ったり、オリジナル楽器と言ったりしますが、同時代楽器という意味のピリオド楽器と言うのが一般的になってきています)による演奏は子音を明確に、おしゃべりをするように演奏するので、はっきりとした輪郭が出てくるという印象になります。 
 母音ばかりだと一聴柔らかく心地よいのですが、何を言っているのか分からない演奏になってしまいます。例えば「けしごむをください」から子音を取り除いて「えいおうをうああい」って口を動かさないで言われたら何を言われているか分からないでしょう?
 音の立ち上がりの表現力は確かにピリオド楽器系とモダン楽器系の大きな違いになると思います。
 モーツァルト時代の楽器、弦楽器だとガット弦のカリッ、チリッというような小気味のよい発音。ピアノだとフェルト(羊毛を機械で圧縮したもの)ではなく、鹿皮の小さなハンマーで弦を叩くので、やはり明確な発音が得られます。管体の軽い木管楽器の明瞭な発音、そして金管楽器は管が長い分、軽くアタックをつけるような初速がないと楽器が鳴りません。
 現代(モダン)楽器による演奏は、音の出だしがブルンだとかカリだとか雑音が入るのを嫌い、なるべくなめらかに発音するのがよいと一般的に推奨されています。しかしそれら、頭につく種々の雑音こそ実は命で、それがないと、冒頭の「けしごむをください」の母音だけ版のようになってしまうのです。

Deine Zauber binden wieder, was die Mode streng geteilt;

 これはベートーヴェンのシンフォニー第9番の歌詞の一部ですが、単語頭の子音を様々な口の形をつくって発音してみてください。Dは上口蓋から舌の離れた時の勢い、Zは舌が上口蓋から離れる時の摩擦音、Bは唇を思いっ切り離す時の破裂音、Wは上の歯と下唇の間で起こる摩擦音。Mではしっかりと口を閉じ、Sはドイツ語の場合強烈な摩擦音を伴います。Gは口の奥で起こる堰きを切るような勢い。
 この一行だけでも子音の多彩さは大変なもんです。またドイツ語には子音がダブル・トリプルになることも多く(Streng, Flugel, Gros, Freude, Schwester…)、歌うときも、つばを飛ばしつつ子音で表現してゆくのです。古典派の音楽は語る要素からなる音楽なので、器楽でもよっぽど子音を立てなければならないということをご理解いただけますでしょうか。


— 本来ならモダン楽器でもそう演奏されるべきところ、いつからか、こういった摩擦音や破裂音などが嫌われるようになり、それが本来豊富な子音を生かすべく(摩擦音ありきで)作曲された古典派の音楽にも当てはめて演奏されるようになってしまった、ということでしょうか。いつ頃からこういう傾向になったのでしょう?

 SP復刻など昔の演奏家の録音がCDやストリーミング等で容易に聴くことができるようになり、そんな疑問をもちながらかつての巨匠の録音を聴いているのですが、トスカニーニは、そんなの無理、というぐらいの猛烈なスピード感のある弓使いと舌つき(管楽器は舌で子音を表現します)で、スピーカー越しに唾が飛んできそうな勢いがあります。 
 しかし、これも巨匠スタイルのフルトヴェングラーになると、初速の勢いよりも音圧の方が強調されています。一概にいつの時代から子音の表現が弱まってきたと決めることはできませんが、こんな興味深い話を本で読みまして、それをここで紹介したいと思います。

 バロックフルートのパイオニアであり古楽界を牽引してきたバルトルド・クイケン氏の著した「バロック音楽の演奏法〜楽譜から音楽へ」の邦訳本がつい先頃出版となったのですが、そこに驚くべき、そしてなるほど、と頷けるエピソードが紹介されていました。かいつまんで紹介しましょう。詳細はぜひその新刊書をお読みくださいね。
 20世紀中頃にもっとも影響力のあったレコーディング・ディレクターの一人、ウォルター・レッグと指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンの間で、次のように弦楽器の響きを発展させたと紹介されています。

精巧に磨かれ、美のない世界とは無縁の、非常に輝かしく、出だしで雑音のないフォルティッシモ・・・。私たちは数年間、弦楽器はつねに弾き始めからヴィブラートをかけ、弓はすでに弾く前から動き始めているべきだという考えのもとに共に活動した。もし動き出す弓がすでにヴィブラートをかけられている弦に触れれば、美しい入りになる。しかし、もし十分にヴィブラートがかけられていない弦に弓が直接当たれば、カチャッとした音が出るだろう。
《楽譜から音楽へ》バルトルド・クイケン著 越懸澤麻衣訳 P.94より

楽譜から音楽へ バロック音楽の演奏法
バルトルド・クイケン
道和書院
2018-02-07



 このカラヤンの言葉は、彼の演奏にそっくり反映され実現されています。しかも、あらゆる時代の作品に。
 カラヤンはまさに子音の立った音を雑音とみなし、美しい音楽から排除すべきだと考えたのです。カラヤンの影響力は絶大で、十分にヴィブラートがかけられ、発音時にカチャッとしたような雑音が入らない音こそが弦楽器の、そして全ての楽器の音という価値観を世界に満遍なく広めることに成功しました。

 カラヤンの指揮姿って目をつぶって、タクトをあまり叩かず水平方向に動かしている印象がありませんか?それが若かりし頃のカラヤンって、1950年代のモノクロの映像を見ると、身体が切れんばかりに縦に激しく振っていたのですよ。
 ライブではなく、レコーディングセッションを組みステレオでオーケストラが世界のどこででも聴かれるようになると、ご存知の通り、彼は帝王としてクラシック界に君臨してゆきます。彼のタクトから生み出される音楽は、謹厳で重厚で高貴な姿に変貌してゆき、その音楽は商業的にも成功し崇めたてまつられ、世界標準となっていったのです。


第2次世界大戦前まで各国異なる楽器を使用していた?!オーケストラがグローバル化する以前の演奏とは?

— 世界標準といえば、第2次世界大戦前までヨーロッパ各地では異なる楽器が使用されていたんですよね? 私はここ最近そのことを塚田さんから教えていただいて驚いたのですが、カラヤンはまさに楽器がグローバル化する過渡期に活躍した指揮者なのですね。

 楽器も違えば奏法も違いました。私が学生時代ぐらいまで(30年前)は、レコード越しでも一聴してどこの国のオーケストラかすぐに分かったものです。特にオーボエとホルンは国ごとの特徴が顕著で、主にそのふたつの楽器を手掛かりにオーケストラが特定できましたね。 
 かつて(概ねLP時代)の各国におけるホルンの一般的な音色の傾向を言葉で表現してみると(受け取り方には個人差がありますので実際に聴いてみてくださいね)、フランスのホルンはピストン・バルブ(他の国々はロータリー・バルブ)で管が短いので薄い音なのですがほんのりとヴィブラートがかかっていました。ロシアのホルンはヴィブラートが濃厚。オランダと東欧のホルンは暗く輪郭までぼやけ気味。アメリカのホルンは、長い管を好む傾向があり、やはり肉厚な傾向がありました。イギリスのホルンは明るめの音を指向、ドイツのホルンは芯があり明るくノーブルな音、ウィンナホルンはまたシステムの異なる楽器で、柔らかさから強奏におけるブラッシーな猛々しさまで幅広い表現力をもつ、などなど。
 ところがグローバル化の波は各地にあるオーケストラの上にもザブンザブンと襲いかかり、その個性を平均化していきました。
 ファゴットではなくバソンというフランスらしい明るく軽やかな音色をもつ楽器、また今紹介したピストン・ホルンなどを用い、フランスの音を誇りに演奏を繰り広げていた「パリ音楽院管弦楽団」は、時の文化相の、「フランスにも世界に誇るオーケストラを」という要請の元、1967年に解散されてしまいます。「パリ管弦楽団」へ発展的解消と言うと言葉はいいのですが、進められたのはフランス独自の音色を追求することではなく、ベルリンフィルやニューヨークフィルに対抗できるオーケストラ・サウンドをということで、フランスでしか用いられていなかった管楽器が、指揮者、カラヤンやバレンボイムの元、どんどん世界標準のものに替えられていったのです。

s-ピストン・ホルン
[写真:かつてフランスのオーケストラで用いられていたピストン・ホルン]

 せっかく戦争では勝ったフランスもドイツに対して完全降伏です。カラヤンはグローバル化過渡期に活躍というよりも、そこに隠されたドイツ絶対主義の首謀者と言えなくもありません。本人がどれだけそれを意識していたのか分かりませんが。
 パリ管弦楽団はすっかり骨抜きにされ、ドイツシステムの管楽器がフランスシステムの中に中途半端に混ざり合い、楽器ばかりでなく奏法も変化を強いられました。かつてのパリ音楽院管弦楽団の音色からはかけ離れた、個性の乏しい凡庸なオーケストラのひとつとなってしまったのです。
 19世紀に栄華を誇ったプレイエル・ピアノが、世界統一規格のアクションを取り入れる中で、プレイエルにしかなかった美点に気づくことなく、かつての楽器とは似ても似つかないものになってしまったことなどと軌を一つとする話です。

 エスプリなどと表現される、言葉にできないような曖昧さ(それこそ芸術)は、グローバリズムの分かりやすさが求められる世の中では簡単に吹き飛ばされてしまうのですね。アンドレ・クリュイタンスやジャン・マルティノンといった指揮者との怪しげなエスプリのぷんぷん香るかつての演奏は、スピーカーの奥にしまい込まれたまま、もう生演奏として再現されることはないのでしょうか。
 いや、今、フランスの演奏家は不死鳥のごとく再び立ち上がりつつあります。自国人だから気がつくこの失われた半世紀を取り戻すべく、彼らは動き出しました。


[ストラヴィンスキー作曲〈春の祭典〉フランソワ=グザビエ・ロト指揮レ・シエクル]

 この動画をご覧ください。演奏は6:00から始まります。オーケストラを見慣れている方でも、一見して今のオーケストラで使用されている楽器との違いは分からないかもしれませんが、その楽器を演奏したことのある人でしたら、マイナーな部分が今の楽器と異なることが分かるでしょう。
 この演奏団体は〈春の祭典〉の1913年初演当時の楽器を集めて演奏しているピリオド・オーケストラなのです。初演から100年後にあたる2013年のプロムス音楽祭における演奏です。
 まず冒頭でソロを吹くバソンは見た目にも異なりますね。ホルンも大写しになりますが、これがピストン・ホルンです。トロンボーンもチューバも小ぶりです。
 それから違うのは楽器そのものだけではなく、奏法も自信をもってフランスの奏法を取り戻していることです。録音で違いを感じるのは難しいかもしれませんが、オーボエ、クラリネットの絹の手触りのような音質。弦楽器もガット弦(ヴァイオリンの1番線は裸)を使用しているので、今のオーケストラとは響きが異なります。
 そして改めて驚くのは、これらの楽器の音質をもってすると、ストラヴィンスキーの意図した、異教の神秘性だったり原始の残虐性のような音響がまざまざと蘇ることです。
 一度手放してしまった楽器をふたたび手にして集結したフランス人演奏家。どうでしょう、ここではフランス音楽ならではのエスプリが表現されているではありませんか?消滅したかに見えたフランスの音をふたたび手に入れる役を演じたのは、ここでもピリオド楽器による演奏だったのです。

 しかし、これらのグローバル化の波から自国の音楽を救い出そうという各国の動きは、新たな問題を、特に西洋クラシックの伝統のない我々日本人に投げかけました。
 これまでグローバル化の中で、まさしく文字通り、地球に住むものならば誰でも演奏できたクラシック音楽が、実は各国の民族音楽であり、その国以外の民族が、本質に迫る演奏をすることができるのか、と問われているように思うのです。
 事実、このオーケストラ〈レ・シエクル〉の民族純粋度合いは高そう。少なくともみなさんフランス語で会話をしているでしょう。ここに、ホルンがいくら上手だとしても、フランス語が達者じゃない人が入って演奏できるでしょうか。「それはフランス語のaccentじゃないぞ」、と言われたらもうお手上げ、というような濃密さがこの〈春の祭典〉の演奏にはあるのです。
 「歌は世につれ 世は歌につれ」、移民排斥を謳う保守政党の台頭する世の中の動きに連動して、生まれ出るべくして生まれ出たフランスに特化したオーケストラ。
 皮肉になりますが、我々日本人の演奏家にとっては、カラヤンやイ・ムジチ合奏団のつくった世界企画のクラシック音楽、分かりやすく慣らされグローバル化された演奏は実は非常にありがたい賜物だったのかもしれません。

 話題がちょっと古典派から遠ざかってしまったので、最後に古典派に触れてこの回を締めようと思います。
 私的さらには民族的な音楽になってゆくロマン派の前に位置する古典派の時代は、汎ヨーロッパ的な音楽が意識されていた時代です。全人類に理解できる音楽というのがトレードマークの古典派音楽。おいおいそういったお話しもできればと思っています。



塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
シューベルト研究所
ナチュラルホルンアンサンブル東京


クリックで応援してネ♪
にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ


emksan at 09:00│ 知っておきたい!トレンド古典派音楽