2018年01月28日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(6)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

ソナタ形式にはいろんな型がある!モーツァルトは『劇場(登場人物)型』?!

— ソナタ形式というと、頭でっかちに聴いてしまいがちになるのですが、(5)でお話しくださったように物語を感じて聴くと、また違った景色が見えてきますね。《フィンガルの洞窟》の再現部で提示部とは異なる楽器(2本のクラリネット)で演奏されるところなんて、提示部とはまた違った心象風景に聴こえるのですから本当に面白いです!

《フィンガルの洞窟》は典型的な『物語型ソナタ形式』ですね。って自分で勝手に名づけたのですが。
ソナタ形式を現在の音楽の教科書では一般的な雛形として、「第1主題提示部→推移部→第2主題提示部→推移部→小終結部→展開部→再現部(提示部と同じ流れ)→終結部」のように解説していますが、この雛形を絶対的な完成形としてしまうと、そこから外れたものは、未成熟な作品とみなされてしまう危険性があります。 ソナタ形式の曲全てがこの雛形に沿って作曲されているのではなく、いろいろな型があるというお話を今回はいたしましょう。 

私は高校時代、「ソナタ形式オタク」でベートーヴェンの信奉者でした。ベートーヴェン視点でモーツァルトを眺めると、モーツァルトは形式的に未熟な作曲家に見えてしまって、あろうことか軽蔑の眼差しを送っていたのです。言い訳すると、その後すぐにその未熟な自分に気がつき、大学時代はモーツァルト一色になったのですが。 まあそんなことはさておき、はっきり言うと、モーツァルトの作品にはいわゆるこの教科書的ソナタ形式の雛形に自然に当てはまる曲は存在しません。無理やりに当てはめようとすれば後期の作品に無くはないのですが、それでもパチっとははまらないのです。
現在の教科書に書かれているようなソナタ形式の雛形って、当時の作曲家にそれが意識されたのは、古典派の終盤になってからです。かといって当時はもちろん「ソナタ形式マニュアル」なんていうものはありませんでしたからね。ハイドン後期の12曲のザロモン・シンフォニーと、ソナタ形式の大伽藍を打ち立てたベートーヴェンにその典型例を見ることはできます。しかしそれらのどの曲をとってもこれが典型的なソナタ形式です、なんて言えるものは実はありません。雛形から外れる意外性を表現することこそが、作曲家の腕の見せどころ、といわんばかりの不意打ち、ウィットや創意工夫に、傑作と呼ばれる作品ほどあふれているのです。


— ソナタ形式について勉強し始めたばかりの頃は、雛形通りでない楽曲ばかりなので、ソナタ形式をどう受け止めたらよいのかわからなかったんです。例えば、第1主題は男性主題、第2主題は女性主題、第1主題と第2主題のコントラストが大切だと言われても、モーツァルトの楽曲にはどちらも女性っぽい主題があったり、さほどコントラストを感じない作品があったりしますよね。目の前の楽曲を雛形に当てはめて考えようと躍起になるのではなく、雛形から外れた意外性や不意打ちに気がつけるようになると、柔軟性溢れるソナタ形式に出会え、ソナタ形式が堅物ではない身近なものに感じられそうです。
ところで、《フィンガルの洞窟》は「物語型ソナタ形式」ということでしたが、ほかにどのような型のソナタ形式があるのですか?


モーツァルトの作品は、先ほども言いましたが、現在の教科書的モデルにぴったり合致するものはありません。各主題を第1主題、第2主題、推移主題、と当てはめていってもモーツァルトの場合、どうしてもしっくり行かないのです。そもそも本人がそのように作曲しているわけではないので当然なのですが。 
彼の作風は多岐に渡るので一概に定義づけることはできませんが、モーツァルトのソナタ形式を『劇場型(登場人物型)』と名づけるのはどうでしょう。
例えばシンフォニー 第35番 K.385〈ハフナー〉の第1楽章。この曲の場合、比較的似通ったキャラクターの登場人物が次から次へと出てくるのですが、彼らの感情・表情はめまぐるしく変化してゆきます。この曲の場合、登場人物は舞台上に複数人が出ずっぱりで、お互いが密に関係をもって物語を紡いでゆきます。動機展開が見事で、冒頭に提示された動機が全曲にわたり影に陽に活躍してゆく様が壮観です。対照的な役を担う第2主題(女性的な主題)は出てこなくて、この曲の場合、登場人物全員が男性かもしれません。とても締まったソナタ形式です。
登場人物の入れ替わり、気分の転換はモーツァルトの場合とても早く4小節・8小節でどんどん変わっていきます。登場人物がたくさんいて、めまぐるしく舞台上が動くオペラ、〈フィガロの結婚〉のようです。
演奏する際は、人物の性格の違いをはっきりと描く必要があり、人物登場の際には明確に新キャラクターを紹介するつもりで区切って演奏することがコツとなります。


W.A.モーツァルト:シンフォニー 第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
N.アーノンクール/アムステルダム・コンセルトヘボウ・オーケストラ


シューベルトは『さすらい型ソナタ形式』?!

ほかの古典派の時代にさまざまに書かれたシンフォニーも、ソナタ形式の雛形に当てはめようとするとなんか未熟な曲になってしまうことが多いのです。魅力的なテーマが続々と絡まりあってゆく、なんていうパターンの作品が多く、その曲にしっくりあった聴き方を探っていくと、これまで傑作なんて思っていなかった曲が輝きだします。花や香草、木の実などをごたごたに混ぜたカラフルな室内香をポプリと言いますよね。あんな感じでいろいろなテーマが関係をもちながら混じり合ってひとつの形をつくる、『ポプリ型ソナタ形式』と名づけたくなる作品もよく見られます。ヨハン・シュターミツなどマンハイム楽派のシンフォニーは、そういう風に聴くと納得できますよ。

シューベルトのソナタ形式は、これもベートーヴェン型雛形に照らし合わせて聴くと冗長で動機展開もあまりなくて、おもしろくない、ということになってしまいます。シューベルトの第1楽章は『さすらい型ソナタ形式』とでも名づけたいのですが。
さすらう主人公がさまざまな風景に出会い、心の中は別れた彼女のことを想いながら一人、希望をもったり絶望したりしながら逡巡している、というような感じのソナタ形式です。ここに波長が合うと、シューベルトのソナタ形式はちっとも長く感じません。

古典派の時代には多様なソナタ形式が存在し、それぞれが時代や地域、また作曲家自身の価値観に基づいて書かれているので、時代が進むにつれ発展・進歩を遂げ完成に導かれるのだ、というような考え方にとらわれないようにしなければなりません。
モーツァルトのシンフォニーの第1番 K.16(8歳の作品)と第41番 K.551のどちらが優れた作品かと問われたら、どのように答えますか?
「そんなの41番に決まっているでしょう!」と大半の方が答えるでしょうね。
第1番のシンフォニーが書かれた1764年当時、ロンドンで鳴っていたシンフォニー、ヨハン・クリスティアン・バッハやカール・フリードリヒ・アーベルのものと比べて、この変ホ長調のシンフォニーはまるで遜色がありません。形式もかなり工夫の凝らされたもので、幼稚とか習作などと断じてしまうには憚られる優れたシンフォニーなのです。
当時のロンドンの価値観に身を浸して(バッハやアーベルの作品の価値に目覚めてから)聴くならば、1番のシンフォニーの41番のシンフォニーとは全く異なる美点は何物にも代えがたいと思われるはずです。

そのようなことを踏まえた上で古典派の作品を聴くと、どの年代の作品も、その創意工夫にあふれた形式が、ドラマティックに語りかけてきます。
第1主題、経過句、属調に転調して、第2主題、小終結部、展開部があり再現され、終結部で再び展開がなされる、というような大まかな流れを意識しながら、各テーマを覚え、そこに含まれる動機がいかに展開されてゆくか、冒険するような感覚で聴いてみてください。

調性はドラマにおける場面のようなものなので、転調がどのようにされてゆくかに注意を払うことは、場面転換の妙を知るために押さえておきたいポイントになります。主調は帰るべき家です。転調を繰り返し家から離れ遠くなってゆくほど不安感や冒険心がかきたてられ、再び家にたどり着いた時の安心感も増すというものです。

また、ソナタ形式における動機労作の醍醐味を知ることも大きな楽しみです。
ベートーヴェンの第5番のシンフォニーで言えば、ダダダダーンの4つの音符を動機と呼び、その動機の積み重ねや展開によって音楽をつくる手法を動機労作といいます。まさにこの曲、冒頭からこの4つの音符が積み重なることによってできていますよね。第2主題に入ってもバスにこの動機がすぐに現れることを聴き逃さないでください。

「ロンド-ソナタ形式」、「複合三部形式」、「変奏曲」など、いかつい名前が多くて、いかにも前知識が求められ、勉強して理解してから聴かなければいけない、というイメージを持たれがちな古典派の音楽ですが、大体の起承転結の形式が決まっていて、水戸黄門のように、毎回ストーリーや登場人物は違うんだけど、ドラマの大体の流れは決まっている。それゆえに安心して冒険に身をまかせることができる、というような音楽が、古典派のシンフォニーやソナタなのです。
形式探求の奥深さの鉱脈は尽きることはありません。知識と経験を積み重ねるほど果てしなくおもしろくなってゆくのもクラシック音楽の醍醐味です。ソナタ形式オタク!は楽しいですよ!



塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
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ナチュラルホルンアンサンブル東京



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emksan at 15:03│ 知っておきたい!トレンド古典派音楽