2017年12月27日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(4)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

モーツァルトはメヌエットがお気に入り!

ディヴェルティメントって作品をよく見ていくと、踊りの要素が強いんですよ。カッサシオンやディヴェルティメントといったような機会音楽の場合、楽章数は通常4つより多くて、歌謡的な楽章、変奏曲などの合間合間にメヌエットが配されています。メヌエットは普通、「主部→トリオ→主部」という三部形式なのですが、ディヴェルティメントのメヌエットは、さらに第2のトリオが加わることもあり、トリオが終わる度にダ・カーポ(曲頭に戻る)しますから、メヌエット楽章の演奏時間は相応に長くなります。このメヌエットをただ座ってじっと聴いていた、というのはちょっと考えられないと思いませんか。

— なるほど!そう伺うと、合間合間にメヌエットがあることや、繰り返しの多さに納得がいきますね!

ここで、ニッセンがモーツァルトの妻コンスタンツェから取材して執筆した文を紹介しましょう。
「彼がビリヤードと同じぐらい熱狂的に愛していたのが、ダンスでした。誰でも参加できた舞踏館での仮装パーティーや、友人の私邸での舞踏会には、欠かさず足を運びました。彼はダンスが得意で、とくにメヌエットがお気に入りでした。踊るだけでなく、パントマイムやバレエのために作曲もしました。仮装パーティーでは、こっけいな仮装をすることが多く、驚くほど巧みにピエロやアルレッキーノに扮していました。」

ディヴェルティメントなどの演奏の際には、モーツァルトもヴァイオリンを弾きながら、バンドマスターよろしく演奏者にアインザッツ(合図)を出しながら、メヌエットのステップを踏んでいたに違いありません。さも「音楽は踊って楽しまなきゃ!」と言わんばかりに。

ディヴェルティメントの踊りはメヌエットだけではありませんよ。ガヴォット風コントルダンス(2拍子)のリズム、歌に溢れる楽章も体を揺らしつつ聴くような、リズムの内在されたノリのいい曲が多いのです。

モーツァルトは、実際に踊られるための舞曲もかなりの数を書いています。晩年に任命された「皇王室宮廷作曲家」という役職は、主に王室のために舞曲を書く仕事がその内容でした。彼は、そのような舞曲を必ずしも機会音楽と蔑みながら書いていたわけではありません。それどころか、モーツァルトも家族も友人もみな踊りを愛好し、謝肉祭期間には種々の夜会に出席し舞踏会を楽しんでいたのですから、踊りながら楽しく作曲していたのではないでしょうか。もちろん軽々と。


— モーツァルトが踊りに夢中になってはしゃいでいるのが目に浮かぶようです。モーツァルトはメヌエットがお気に入りだったのですね!当時のメヌエットは、バロックダンスのメヌエットと同じものなのでしょうか? 私はメヌエットというと、バロック時代に王様の目の前で貴族が緊張しながら踊る風景しか浮かばないのですが、このメヌエットが舞踏会という、もっと気楽なパーティで楽しまれるようになった、ということでしょうか。

メヌエットには貴族や王族の踊る静かで高貴な踊りというイメージがありますよね。このバロック時代のメヌエットのイメージは、18世紀後半のモーツァルトの時代にもあったようです。それゆえに、と言ってもいいでしょう。その後、フランス革命を経ると貴族・王侯文化が滅んでいくのに合わせるようにメヌエットも滅んでいってしまうのです。
またドン・ジョヴァンニの話をしてもいいですか?
今度は有名なシーンとして知られている第1幕の幕切れです。舞台上に配された小オーケストラが「メヌエット」を奏で始めると、踊るのは貴族階級の二人。2/4の「コントルダンス」を踊るのは不良?貴族のドン・ジョヴァンニ、そして最後3/8の速い「ドイツ舞曲」を踊るのが平民の召使と農民です。
そう、モーツァルトが没する頃の社会は貴族階級が傾き、市民がぐんぐん力をつけてきている時代ですよね。つまり「メヌエット」から「ドイツ舞曲」や「レントラー」などの、速い踊りがもてはやされるようになってきた時代だったのです。

— 面白いですね。そんな風にドン・ジョバンニを見たことがなかったので、とても興味深いです。貴族はメヌエットを踊り、平民はドイツ舞曲を踊る。そして、不良貴族はコントルダンス!当時の世相が反映されているのですね。その後廃れていくツンとお澄ましした貴族の踊りだったメヌエットも、モーツァルトが踊っていたパーティーでは、バロック時代のものとはテンポや雰囲気がずいぶん異なっていたのかも・・・。なにしろ、仮装しながら舞踏館や友人の私邸といった、にぎやかな場で踊られていたのですから。舞踏教師に教わって身につける高度なステップや物腰による貴族のたしなみとしてのメヌエットというより、日常で市民が楽しみながら貴族風にお澄ましして踊る、という感じがしますね。

メヌエットからワルツへ

ベートーヴェンのシンフォニーを見てみましょうか。踊りの楽章(第3楽章)は、第1番こそメヌエットと表記されていますが(とても速いけど)、その後はスケルツォという、速度の速い3拍子に替わられていることに気がつきます(第8番は例外)。
モーツァルトのシンフォニーでは最後まで第3楽章は「メヌエット」だったんですよ。モーツァルトの最後のシンフォニーとベートーヴェンの最初のシンフォニーの間にはフランス革命が川のように横たわっているのです。
19世紀に入ってしまいますが、ナポレオン後のヨーロッパをどのように収拾するかヨーロッパ中の王統系代表が1814年から翌年にかけて集まって開かれた「ウィーン会議」のことを揶揄して「会議は踊る、されど進まず」と言うじゃないですか。ここで踊られていたのは、すでにメヌエットではなく、よりスピード感のある「ワルツ」だったんです。ベートーヴェン(1770-1827)やシューベルト(1797-1828)も、意外とたくさん踊りの音楽を書いているんですよ。彼らもこの時代に、「ドイツ舞曲」をより洗練させエレガントなワルツに仕立て上げるのに一役買っていたのです。

ウィーン会議の時、シューベルトは17、8歳ですよね。踊りたいさかりのついたシューベルトの友人たちは、それでも舞踏会に行くほどの余裕はありませんでしたから、シューベルトのピアノに合わせて家庭で踊っていたのです。シューベルトのピアノのために書かれた舞曲のなんと多いことよ。即興で弾かれたワルツを入れたらいったいどれくらいの舞曲を彼は弾いたのでしょう。
シューベルトの仲間たちの集まりが「シューベルティアーデ」と名づけられ、毎晩のように集いが開催されていたことは周知の通りですが、そこでは詩が読まれ、シューベルトにより曲がつけられ、そして場が盛り上がったところで、最後にはお決まりのようにみんなで踊ったのでしょう。もっともシューベルトはモーツァルトと違って、自身が踊るのは得意ではなかったとのこと。彼はずっとピアノを弾いていたのでしょうね。
ヨーゼフ・ランナーが1801年生まれ、ヨハン・シュトラウス祇い1804年生まれ。ワルツはその後洗練され「ウィンナ・ワルツ」となってゆきます。


— モーツァルト時代のメヌエットがウィンナ・ワルツに繋がっていくなんて面白いですね!考えてみると場所も同じ。しかも、時代もそんなに隔たっていないんですね。バロック時代と古典派時代のダンスが全く別物に思えてきて、私にとってはものすごい発見!古典派時代の踊りは日常に息づいた、誰もが気軽に踊れるものだったんですね。

そう、踊りは我々人間の基本でしょう。歌よりも体を動かすことの方が先ですよね。踊るのになんの遠慮が要りましょう。
私は、現在における古典派音楽復権のキーワードのひとつは「踊り」だと思っています。演奏する時も、リズムを際立たせ、ノリよく演奏する。
これは現在一般的にイメージされている、音を立てず、じっと体を動かさずに聴く、といったようなクラシック音楽の受容スタイルとは大きく異なることです。演奏する方についても、現在のクラシック音楽の演奏家は、リズムを軽く強調し過ぎると軽薄になるといって嫌い、重めに表現するのが普通です。
しかし、特に古典派の音楽においては、躍動感やノリを表現することがなにより重要で、その愛想のよい明るい軽やかさが表現されることを第一に考える必要があります。強拍・弱拍のキャラクターを際立たせて、聴く者を踊らせる音楽が古典派音楽の魂といえるのです。


— 古典派音楽の躍動感やノリといったものは、古楽を聴くようになって味わえるようになった気がします。

そうですね。重く均一にヴィブラートをかけるような演奏では古典派のスピリットを表現するのは難しいのです。ピリオドの管楽器は楽器の重量自体がモダン楽器の半分以下です。句読点を置きながらおしゃべりをしながら演奏するように、隣同士の音が平等に平均化しないようになど、さまざまな表現方法で、古楽の演奏家は作品に躍動感を与えることに工夫を凝らしています。

モーツァルトの時代は、舞曲やディヴェルティメント、そしてオペラもそうですよ。それらは言ってみればポピュラー音楽で、上から下まで広い階級の人々の間で歌われ踊られ楽しまれていたもの。そしてかたや、本人にその意識は希薄だったと思うのですが、結果的に芸術音楽と今日みなされている作品も書いていた。モーツァルトにしてもハイドンにしても、特に両者の違いを意識することなく作曲していたのだと思いますが。
複数楽章からなるソナタやシンフォニーなどは後者にあたるでしょう。

確かにこうした器楽作品は、「ソナタ形式」や「複合三部形式」、「ロンド・ソナタ形式」など、建物を築く際の決まりごとのようなものをベースにつくられています。建物の建築法を知らなくても家に住めるのですが、その建物は素敵な芸術作品のようです。建造物自体をまずは鑑賞、そして家の中に入って各部屋を見て回るというような感じで、器楽作品にどのような形式が用いられていたかの概略と、形式の話を次回、分かりやすくお話しできたらと思います。


古典派時代の管楽器。上がバスーン、左からバセット・クラリネット、オーボエ、ホルン、クラリネット。

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塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
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ナチュラルホルンアンサンブル東京


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emksan at 09:48│ 知っておきたい!トレンド古典派音楽