2017年12月09日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(3)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

ディナーの後は家族でアンサンブル?!

— ここからは食事のBGMや音楽会など、機会に応じた音楽についてお話を伺っていきたいと思うのですが、まずは食事の際のBGMからと思います。食事の際のBGMは、今の私たちがCDを聴きながらティータイムを楽しんだりするのと同じですね。貴族がお客様をお呼びするのではなく、家族だけでお食事するようなときのBGMはどのような曲だったのでしょうか。

インタビュー(1)で、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の最終幕に木管八重奏団が主人のリクエストに応えて、食事の際に流行りのオペラのアリアなどを次々に演奏しているシーンがあると紹介しましたが、貴族などの館でどのような機会にどのような音楽が奏でられていたか、というのは興味深いテーマですね。
前回テレマンのお話で終わりましたね。彼はバロック音楽の作曲家ですが、1767年まで生きていますからモーツァルトと11年もダブっているんです。彼は、ハンブルクという街の音楽監督でもありました。そういった意味では宮廷や教会にしばられていたバロック時代の音楽家とは一線を画すところがありますので、古典派時代から遡りますが、テレマンをめぐるお話からしましょう。

亡くなる年までハンブルクで楽長を務めていたテレマン。この裕福な市民に勢いがあったハンザ都市で、彼は市民向けに楽譜を編んで音楽を提供していました。ハンブルクは港湾貿易で賑わい、とても活気づいた、文化的にも先を行っていた街だったのです。
裕福な家庭では貴族でなくとも広間にはチェンバロがあったことでしょう。小さな編成ではチェンバロ一台から。それを囲むように旋律楽器が演奏できる人、バスパートを担当する人、というように、各々の可能な編成でアンサンブルが楽しまれていたのだと思います。テレマンの代表作である「食卓の音楽(Tafelmusik)」は、まさに小編成はフルートソナタから、大編成は管弦楽曲に至るまでの様々な編成により成っていますよね。まさに食卓(の間)の大きさによって、それはさまざまな楽器の取り合わせで音楽が楽しまれていたのではないでしょうか。

今でも若者は聴くだけでなく、ギターを弾いたり歌ったりして音楽を体で楽しんでいますが、当時も比較的演奏の楽なリコーダーやヴィオラ・ダ・ガンバ(この楽器にはフレットが付いています)といった楽器では、家族内で大中小の楽器が用意され、「コンソート」と呼ばれる重奏が楽しまれていました。コンソートはイギリスを中心に演奏されていたのですが、これなども、ディナーの後のお楽しみだったのでしょう。

s-ヴィオラ・ダ・ガンバ
ヴィオラ・ダ・ガンバ(この楽器にはフレットが付いています)

古典派時代の音楽を読み解くキーワード《ディヴェルティメント》

— 現代のBGMに比べ、参加型でより音楽に積極的な感じがしますね。

ただ聴くだけの人もいたでしょうが、今日のクラシック音楽の形態のように、演奏するプロと聴衆、提供する側、受ける側とはっきり二分されたようなイメージはなかったのではないでしょうか。王でも貴族でも演奏に自ら参加して楽しんでいた例があるのですよ。
古典派の時代になると、ディヴェルティメント(Divertimento)というジャンルが登場します。このディヴェルティメントは、古典派時代の音楽を読み解くひとつのキーワードとなります。
ディヴェルティメントはイタリア語で、「愉しみ」とか「気晴らし」という意味。以前は「嬉遊曲」と訳されていました。歓談の席や社交的な場での機会音楽として作曲された例が多く、南ドイツやオーストリアで、このタイトルのついた曲をよく見ることができます。モーツァルトはディヴェルティメントという名を好んで、さまざまな編成の作品につけています。

18世紀後半のウィーン周辺には、食事の際のBGMは管楽合奏が受け持つという習慣があり、モーツァルトも、オーボエ2本、ホルン2本、ファゴット2本という六重奏を食卓で奏でられる音楽としてディヴェルティメントという名でいくつか作曲しています。さらにこの編成にクラリネット2本が加わると、「ハルモニー・ムジーク」というひとつのジャンルになるんです。モーツァルトは、この八重奏のために2曲のセレナード、K.375とK.388。そして、13管楽器奏者のための「グラン・パルティータ」と呼ばれる作品K.361を書いています。
管楽合奏によるセレナードは、野外での演奏を想起させるものでもあります。セレナードが「小夜曲」と訳されるように、夕暮れ時に邸宅のたもとで歌心たっぷりに演奏されるというイメージがありますね。文字通りのセレナードは、意中の女性の窓の下でマンドリン片手に歌う愛の歌を指していたものですから。
モーツァルトのセレナードも、実際に野外で演奏される機会が多かったと思います。宴で窓が放たれて楽師も外にでて演奏、というような、アイヒェンドルフなどの小説に出てくるような一コマが連想されます。
この管楽合奏「ハルモニー・ムジーク」は、モーツァルトがウィーンに住居を構えてすぐの1782年に、皇帝や貴族の元にプロフェッショナル演奏家8人によるハルモニーが結成され、このジャンルにお墨付きが与えられました。

今日のようにスピーカーからすぐに音楽が再生される時代と異なり、流行りのオペラの旋律を日常的に楽しむために、ハルモニー・ムジークの編成はうってつけだったのです。「後宮からの逃走」、「フィガロの結婚」など、ウィーンで流行したオペラはすぐに他人の手によりハルモニー・ムジーク編成用に編曲され、その楽譜の方が売れて儲かる、なんていう現象があったとかなかったとか。モーツァルトがプラハからの手紙で、「ここでは街中みんなが弾くのも吹くのも歌うのも口笛もフィガロばかり」と書いている通り、楽師の周りの人々は、一緒に口ずさみ、歌いながら、そして踊りながら聴いていたのだと思います。ハルモニー・ムジークの編成は、広間から庭園にまですぐに移動が可能なので、さぞかし重宝したのでしょう。


— オペラの曲を自宅用にというのは贅沢で、しかも楽しいですね! また、弦楽器のない編成というのは私にとってとても新鮮です。

弦楽器というのは今もそうですが、管楽器に比べると高尚なんです。それに演奏だってやっぱり管楽器ほどたやすくないでしょう。「管楽器=気楽」という図式は当時からあったと思いますよ。そうそう、ディヴェルティメントにおいてはホルンがポイントになるって知ってました?当時の無弁のホルンは基本的に自然倍音のみが吹奏可能で、ホルンが自然に奏でる自然倍音は長調のアルペジオのみ。基本的に短調には向かない楽器なんです。「弦楽合奏+ホルン」という編成によるディヴェルティメントは、自然さ、素朴さが演出され、牧歌的で平和な雰囲気が醸し出されます。そうした小編成のディヴェルティメントも、さまざまな場面で演奏されたのでしょう。
モーツァルトも「弦楽合奏+ホルン」という編成で、名作K.334のディヴェルティメントほか、いくつかの珠玉の愛すべき作品を残しています。

私の組織している「ラ・バンド・サンパ」の動画を紹介しますね。いい曲でしょう?
(W.A.モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K.205より第1楽章)



ところで、ディヴェルティメントのひとつの条件に「立奏」があります。バスパートはチェロではなく、ファゴットが受け持ち、コントラバスとともに立って演奏されるのがスタイルでした。この動画の通りです。ハルモニー・ムジークも立って演奏されました。リクエストのある部屋とか野外にもすぐ移動して演奏できちゃうんですね。


— ディヴェルティメントというのは、立って演奏されるものなのですね?

画像は当時のハルモニー・ムジーク演奏の図です。いわゆる楽団つきのディナーって、テーブルにかしこまって座って、というタイプの食卓ではなくて、立食パーティーで、歌ったり踊ったりしながら、集まる人々も出会いや楽しみを求めて、という感じだったのではと想像します。なので演奏者も立奏になります。

s-ディヴェルティメント立って演奏

もちろん時と場合で、厳粛な場面もあったでしょう。モーツァルトも、結婚式や大学の卒業式のための公式のセレナード(フィナールムジークとも呼びます)を作曲しています。しかし作品を聴くと、式典と言っても華やかな歓談や踊りがつきものだったと想像できますよね。
いずれにせよ、現在の、演奏をただかしこまって聴くだけというクラシック音楽の受容とは異なる当時の状況が浮かび上がってきます。今のライブ会場だったりクラブなんかと近いかも。受け手も能動的なんですよね。音楽は自分たちみんなが楽しむためのものなのです。
ディヴェルティメントって作品をよく見ていくと、とても踊りの要素が強いんですよ。次回は、そんなモーツァルトの音楽が、ウィーン中を踊りの熱狂に巻き込んでゆく先鞭も打っていたという話をしましょう。



塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
シューベルト研究所
ナチュラルホルンアンサンブル東京


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emksan at 09:37│ 知っておきたい!トレンド古典派音楽