2015年07月21日

宮古市へ行ってきました

昨日の記事の続きです。
せっかく岩手へ足を運ぶならと、
宮古市で一泊してきました。

宮古市を訪れるのは、2012年以来のこと。
あのときは冬だったので、
宮古市へ繋がる106号は一面冬景色。
その美しい景色に見惚れながら、
2時間バスに揺られたことを鮮明に覚えています。

今回もバス旅。
でも、ちょっと景色が違う。
夏だからかな?
なんて思いながら車窓を眺めていると、
「復興道路」という言葉が目に飛び込んできました。

宮古市へ行くには、
この道路を使うしかありません。
観光客にとっては魅力的な山道ですが、
宮古市を孤立させてしまっている道でもあるんですよね。
そのため、道路を整備し、
盛岡からのアクセスを良くしようということのようでした。

宮古市では、
支援活動を始めた当初からお世話になっている、
小成楽器店の向口さんにお会いしてきました。
配送料無料で、
他県にまで楽器を届けてくださっている楽器店さんです。
これだけ付き合いが長くなってくると、
お会いするのは2回目なのに、まるで旧知の仲のよう。
あっという間に打ち解けて、
とても有意義な一日を過ごすことができました。


田老地区防波堤

写真は田老地区の防波堤跡。
津波に弱いこの地区は、町全体が高い防波堤で囲まれた、
防災の町として有名なところでした。
ネットで検索すると、
「田老の万里の長城」なんて言葉が出てくるほどです。

10メートルもの高さがある防波堤。
津波がこの高さを超えることはないだろう。
誰もがそう信じていました。

土地をかさ上げし始めていましたが、
写真のように防波堤跡などはそのまま。
復興にはまだまだ時間がかかりそうです。


テトラポット

これは、まだ設置されいないテトラポット。
たくさんのテトラポットが並んでいました。


被災たろう観光ホテル

これは、たろう観光ホテル。
この建物は残すことが決まったそうです。


復興住宅

たろう観光ホテル跡の向こう側に見えるのは、
建設中の復興住宅です。
今仮設に残っている方々は、
ほとんどがシニア世代だと伺いました。

仮設って狭いんです。
6畳間と4畳程度のキッチンがあるだけ。
その狭い空間で、
長期にわたり子育てをするのは無理がある上、
仕事が見つからないという現状。
子育て世代は、みんな盛岡に出ていったとのお話でした。

でもね、悲しいお話ばかりではありません。
田老地区へ行く前に、
浄土ヶ浜へ連れて行ってもらったのですが、
観光客がたくさんいて驚きました。
震災以降、たくさんの人が訪れているそうです。
この日は、向口さんお薦めのお寿司を食べる予定だったのですが、
3軒行って、3軒とも観光客で満席!

でもね、宮古市って海だけじゃないんですよ。
山もあるんです。
川にはアユが泳ぎ、京都の老舗まで仕入れしているとのこと。
カヌーをする人もいるというので、
ペンションなんかが建ったら、
2,3泊したくなる観光地になるんじゃないかな。
とにかく山の景色がすばらしいんです。

ちなみに、水も美味しい!
宮古市のホテルで、
蛇口から出てきた水があまりに美味しかったので、
そのことを向口さんに伝えると、
宮古市の水は地下水なのだと教えてくださいました。
これだけたくさんの山に囲まれた土地。
水源が豊富にあるらしく、
夏は冷たく、冬は暖かな水が蛇口から出てくるとのことでした。


新たろう観光ホテル遠景

これは私が感動した景色のひとつ。
田老地区の防波堤跡付近から見上げた景色で、
先程津波の被害にあったとご紹介した、
たろう観光ホテルの新しい姿なんです。

浄土ヶ浜など、他の場所に移転するのではなく、
田老地区にこだわり、
膨大な借金を抱えることをいとわずに建てられた新館。


新たろう観光ホテル近景

山道を登っていくと、
趣きのある新しいたろう観光ホテルが見えてきます。
目の前にあるのは海だけ。
波の音、風の音、鳥の鳴き声のほかは、
何も聞えてきません。
贅沢な大人のための休日といった感じ。


三王岩ひとつ

たろう観光ホテルのそばにある「三王岩」。
この岩をすっぽり包み隠してしまうくらいの津波でした。
土地の人たちは、
あの津波でよくポキッと折れずに残ったもんだと、
驚いているそうです。


三王岩3つ

たろう観光ホテルの目の前から見える、三王岩。


たろう観光ホテル前の景色

海と空の境目がわからない景色。
この日はあいにく曇りでしたが、
晴れていたら、夜空もすばらしいことでしょう。

宮古市に関しては、
楽器支援を終了してもよさそうな印象を持ちました。
若い世代は仮設を出て、盛岡に引越すなど、
新しい生活を始めている方々がほとんどで、
それ以外の生徒さんたちは、レッスンを再開しているからです。

現在、支援できる楽器が2台ありますが、
これは石巻や南三陸の子どもたちに、
支援させていただくことになるだろうと想像しています。
もちろん宮古市や釜石などの生徒さんから要請があれば、
支援させていただくつもりです。

この2カ月ほど支援要請はありませんが、
復興住宅が建ち、新生活が始まるのを待って、
支援していけたらと考えています。

宮古市は、楽器支援を始めるきっかけとなった町です。
ここで得た人との繋がりは、私の大切な大切な宝物。
今後も機会を見て、遊びに行くつもりでいます。
次回は、バスじゃなくて山田線!
車窓から一本の線路が見えて、
とっても魅力的な路線だということに気づいたので。

山間を走る、1両だけの小さな電車。
こんなに自然を身近に感じられる線路も
そうそうないだろうというくらい、
木々の間、川沿いを走る電車で、
乗りたくてたまらなくなってしまいました。
紅葉の季節や、新緑の季節はたまらないだろうな〜。


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emksan at 11:55│TrackBack(0)mixiチェック 東日本大震災支援 

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