2013年10月29日

時期に応じて徐々に導いていく

昨日軽度知的障碍(21歳)、
なっちゃんのレッスン風景をご紹介しましたが、
今回の記事は、この解説のような記事です。
http://musestown.livedoor.biz/archives/52083203.html

読譜の時期に応じた指導法については、
この動画の説明文に加えていますし、
もっと根本的な噛み砕き方については、
このブログ右サイドバーにある、
無料読譜教材に書いてあるので、
今日は他の面からお話してみたいと思います。

なっちゃんが弾いていたショパンのワルツには、
左手に3和音が出てきます。
もともと鍵盤把握が苦手で、
反射に繋がりにくく、
頭が混乱しやすいなっちゃんにとって、
和音というのは鬼門のようなものでした。

高校生になり、
自分で弾きたい曲が出てきて、
ポピュラー曲をワンサと弾くようになりました。
和音と本格的に向き合うようになったのです。

2つの重音は読譜・鍵盤把握ともに、
高校生になったなっちゃんは、
それほど苦労しませんでした。
(小・中では、かなり苦労しました)
しかし、3つの重音となると話は別です。

まずは、読譜。
2つの重音の際も同じでしたが、
2つの重なった音符を読むことはできるのですが、
上下が混乱します。
楽譜上の上下と、鍵盤上の上下がリンクしないのです。

そこでまず、
楽譜上から上下を判断するため、
読み方を「下から読む」に徹底するよう、
しつこくアプローチを続けました。
もちろん、上から読むでも構わないのですが、
(通常は下から読むものですが。)
上から読むときがあったり、
下から読むときがあったりと、
ランダムに読みとってしまい、
”上下の認識がない”というのが問題なのです。

楽譜上から上下を認識するというのは、
図形の苦手ななっちゃんにとり、
とても難しいことです。
オクターブに置かれた2つのドも、
なっちゃんには区別がつきにくく、
なっちゃんはこの上下の違いを指使いで判断しています。

「ドード」とオクターブ違うドが2つ並んでいるとき、
私はそこに「1−5」という指使いを書きます。
なっちゃんはその指使いを読んで、
同じ「ド」でもオクターブ違う「ド」だということを
認識するのです。

この点、和音は重なって書かれているので、
見た目で上下の違いを認識しやすいものです。
あとは、ルールを徹底させるだけ。
「下から読むんだったよね。」と伝えれば、
きちんと理解してくれます。

問題は、なかなか習慣化しないということ。
そこで、数年「下から読む」という声かけを、
し続けることになりました。
ゆっくりと本人に考えさせながら、
下から読んでもらったら、
今度は「ドミソ」「ドファラ」といった具合に、
私のピアノに合わせて、
早口言葉のようにして読みます。

次に、楽譜の上下と、
鍵盤の上下がどういう位置関係にあるのか、
理解してもらうためのアプローチをしました。
楽譜上の下→上は、
鍵盤上では左→右となります。
下から読んだ楽譜の音を、
鍵盤から左→右に探していく。

このルールは、
高校生になったなっちゃんには、すぐ理解できました。
しかし、理解できても、
反射的に体現できるわけではありません。
ここではやるべきことがあまりに多いからです。

1)楽譜に置かれた和音を下から読む
2)鍵盤上から左→右に音を探していく
3)それら3つの音を同時に鳴らしてみる

1)から2)に取り掛かるとき、
読譜で記憶した3つの音を、
鍵盤から探すことで精いっぱいになり、
左→右というルールを忘れてしまいます。
目についた3つの音の鍵盤を、
3つの音の記憶が薄れないうちに・・・とでもいうように、
焦って弾いてしまうのです。

ここで鍵盤の左→右という流れを示しながら
(鍵盤は本人に見つけさせるため、
特定の鍵盤は指しません。
ただ、左右がわかるように、
私の指先を鍵盤上で左から右に動かすだけです。)


「こっちから、順番に音を探していくんだったよね。」


と声かけをします。
この声かけがあれば、
ルールを思い出し、そうだったそうだったと、
一生懸命順番に音を探してくれます。

この読譜と鍵盤の上下をリンクさせるアプローチは、
数年続きました。
少しずつ少しずつ慣れてきて、
間違いが減ってきましたが、
21歳になった現在でも、
ときどき間違いは生じます。

前半の動画、15分30秒のあたりで、
なっちゃんが左手の和音「ラドミ」で弾くべきところを、
「ミラド」と弾いている箇所があります。
動画では私の声が聞き取りにくいですが、
ここで私は「下から読んでごらん」と声かけしています。
この声かけで、
なっちゃんが瞬時に「ラドミ」に手を置くのがわかります。

このようなやりとりを数年してきて、
最近では、私の声かけの回数はめっきり減り、
このショパンのワルツも、
なっちゃん1人で読譜してきてくれました。

いくつかこのような間違いはありましたが、
「下から読む」という読譜を一緒にすることで、
間違いをすぐに訂正することができたのです。
いつの間にかこんなに和音に慣れたんだなぁと、
この曲の読譜のときには、
感慨深い思いになりました。

和音が以前ほど苦手ではなくなってきた、
ここ2年ほど取り組んでいるのは、
黒鍵を含んだ和音です。
なっちゃんは♯と♭のことは理解しているのですが、
同時にいくつかの音を鍵盤上で押さえるとき、
黒鍵と白鍵の位置が絡み合い、
どこに指を置いたらよいのか、
わからなくなってしまうのです。

3和音ではそれほど苦労しません。
問題は4和音。
右手で2つ、左手で2つの音を弾く重音も、
片手で4つの音を弾く重音も、
どちらにしても迷ってしまい、
なかなか覚えられません。

そこで、4和音が出てくるたびに、
レッスンノートに鍵盤図を書き、
そこに指をどう配置したらよいのか、
見た目でわかるよう記入するようになりました。
指使い付きで描きます。

なっちゃんは家で1人で練習するため、
先生がいなきゃわからない・・・ではなく、
1人になってもなんとか取り組める状態にしておくことが、
レッスン課題の1つとなっています。
レッスンでできたからといって、
家でもできるとは限りません。
家に帰ったら再び混乱に陥り、
次のレッスンの際、また同じ状態になっている、
ということがしばしばあったからです。

この鍵盤図は、
こういった現象を最小限に留めるための、
私なりの工夫でした。
なっちゃんにとっては取り組みやすく、
わかりやすかったようで、
鍵盤図を書くようになってから、
4和音への慣れが早くなりました。

ポピュラー音楽の場合、
楽曲が違くても、
似たようなハーモニーがよく使われるので、
前の曲と同じハーモニーが、
次の曲で出てくると、
なっちゃんは楽譜を読んだだけで、
正しく鍵盤を押さえることができるようになりました。
こうして徐々に、鍵盤図から卒業していったのです。

そして今回。
今回の曲はポピュラーではなくクラシックです。
ワルツの特徴は1拍目のバスと、
2拍目の和音が跳躍していることですね。
これに手が慣れるのはとても大変なことで、
バスから跳躍して瞬時に和音を弾くとき、
迷いや混乱が生じてしまいがちです。

しかし、この曲はほとんどが3和音なので、
ご紹介した動画のように、
よほど混乱しているとき以外は、
迷いなく弾けていました。

ここで問題になったのは右手です。
これは動画2曲目のシシリエンヌでも同じことですが、
黒鍵と白鍵が頻繁に行き来するメロディなんですよね。
じっくり読譜すれば弾くことはできますが、
なかなか反射に繋がらないので、
テンポ通りに弾けるようにはなりません。

ここで重要なのは、
理解を求めることではなく、
反射に繋げる工夫をすることです。
理解はすでにできているのですから。

和音の鍵盤図での取り組みから、
黒鍵が複雑に入り混じった曲に対しての免疫が、
すでにできているなっちゃん。
ここでは鍵盤図を用いることなく、
「白」「黒」という言葉だけで事足りました。

楽譜には「ドくろ」「ファしろ」といった言葉を、
そこかしこに記入しています。
このことで、家に帰って頭が混乱しても、
1人で解決することができますし、
演奏中も迷い道に入ることなく、
弾き続けることができるからです。

小学2年生のとき、
「図形が苦手だから、楽譜は読めるようにならないと思う」
とやってきたなっちゃん。
しかし、成長が止まっているわけではありません。
発達障碍のある子も、
常に成長し続けているのです。

その子の成長に応じて、
時期を見極めながら、
徐々に導いていくということ。

なっちゃんは今21歳ですが、
これからもどんどん成長していくんだろうな、と感じます。
今では色音符の楽譜を自分で作成し、
お母さんの手助けなしに1人で練習できるようになりました。
現在、色音符でなくとも
読めるようになるための練習を開始しています。

今回の動画は、
読譜中心のレッスン風景となりましたが、
この時期を乗り越えると、
今度は表現についてのアプローチに入ります。
両方を同時にしてしまうと、
指が楽曲に慣れていないなっちゃんは、
混乱に陥ってしまうからです。

表現についても、
小学2年生のときは、
小さな音で弾こうと思うと、
その部分だけ他の部分の倍ゆっくりなテンポになったものでした。
小さな音で弾くために、
体の動きをセーブするということは、
それだけ高い意識、集中力が必要なことだったからです。
今では、「ここを盛り上げたい」と
自分から言ってきてくれるようになっています。

また、体の使い方に不器用な点があるので、
左右の音量の違いはわずかなものですが、
昔に比べたら、
ずいぶんと差をつけて演奏できるようになりましたし、
関節が固く、カクンカクンと動いていた指も、
なめらかに動くようになってきました。

今回のワルツでは、
ペダリングにも成長が見られました。
つい最近までは、
事細かにペダルについて言うと、
混乱に陥って先へ進めなくなってしまうなっちゃんがいたのです。
そのため、ペダルについては
細かに注意するということができませんでした。

なっちゃんはハーモニーが変化すると、
感覚的に自分から踏み変えてくれます。
時々弾くことに精いっぱいで、
ペダルを意識できなくなってしまい、
音が濁ってしまうことがありましたが、
ここでペダルの注意をすると、
弾けていたところが全く弾けなくなってしまうので、
注意することができなかったのです。

今回のワルツも、
3拍目で足を上げることができるときと、
全くできないときと、ランダムでした。
1小節目の段階から、
できるときとできないときが入り混じった状態です。

左手とペダルだけの練習で、
3拍目とペダルの関係は身に付いたのですが、
両手となると忘れがちで、
なかなか定着しませんでした。
ところが、この動画のレッスンの日。
最初からきちんとペダルができていて、
なっちゃんに定着したことがわかったのです。

発達障碍の子にペダルを指導するというのは、
とくに、踏み換えのパターンは難しいですよね。
まずは、踏み換えではないペダリングでペダルに慣れ、
次に簡単な動きで、
ペダルの踏み換えへのアプローチ。

この踏み換えのためのアプローチは、
なっちゃんに指導した当初私はまだ持っておらず、
なっちゃんにはかなり苦労させてしまいました。
今では、どの生徒さんも苦労することなく、
踏み換えができるようになるのですが、
当時の私はこの伝え方を持っていなかったので、
きっとお母さんが必死で
お家で取り組んでくださったのだろうと思います。

この子にはもう無理!と思うのではなく、
時期を見極めながら指導すること。
そして、教え方次第では、
できるようになることが多々あるのだということ。
常にどう伝えたら相手に理解してもらえるかを、
思考錯誤することが大切ですね。

「どうしてできないの?」と生徒さんに問いかけるのではなく、
「どうしてできるようになるための指導ができないの?」と
自分に問いかけるということ。

しかし、こういった疑問は、
1人で解決できることばかりではないんですよね。
特に発達障碍児の場合はそうなのではと思います。
指導者同士で情報を交換し合い、
お互いのアイディアを交換し合うということで、
みんなで解決していくことができたならと願っています。


【ペダル踏み換えの指導】

1)ドミソドミソを左手で弾く
2)123123と拍子を言いながら左手で弾く
3)123123と拍子を言いながら、
 23だけペダルを踏む。
 「離して踏んで〜離して踏んで〜」
 ここではピアノは弾かず、足だけ。
4)2)と3)の合体。
 123と言いながら、左手と足を合体させる。


ここではドミソと書いていますが、
他の音型で試しても大丈夫。
例えば同音連打の場合。

1)ドーードーーを右手で弾く
2)123123と拍子を言いながら、
  ドーードーーと右手で弾く
3)123123と拍子を言いながら、
 23だけペダルを踏む。
 「離して踏んで〜離して踏んで〜」
 ここではピアノは弾かず、足だけ。
4)2)と3)の合体。
 123と言いながら、左手と足を合体させる。


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emksan at 12:06│TrackBack(0) ピアノ/レッスン | 障碍&幼児

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