2013年08月29日

子どもらしくって?

昨日書いたブログ記事、
”神童12歳の作家によるスピーチ
『大人は子どもから何を学べるか』”
にコメントをいただきました。

返信を書いていたら、
とぉっても長くなってしまったので、
ブログ記事にしました。
共鳴してくださる方がいらっしゃると、
思わず熱くなる私がいます。

返信のつもりが、
自分の考えを長々と語ってしまうことになってしまい、
ちょっと暑苦しいか・・・。(^_^;)


line


>kazさんへ

コメントどうもありがとうございます♪ 
「子どもだから」という無意識は、
とても チグハグな教育観に現れてしまうような気がしています。
私は幼児教育学を専攻していたのですが、
確かに子どもには未発達な部分があるんです。

それは理解の方法・・・非可逆的な思考や、
抽象的な言葉への理解の未熟さなど・・・に現れるのですが、
こういった発達段階における「子どもだから」という、
子どもにとっては当たり前のことを、
多くの大人は「なんでわからないの?」と怒ります。
そして、大人の思考の在り方を
子どもに押し付けようとしてしまうんですよね 。
特に現代の大人は、
子どもに大人であることをを求め過ぎていると感じます。

このように子どもに大人としての資質を求める反面、
「子どもなんだから」と子どもを尊重しない場面も多い。
どうせ子どもの言っていることなんだから、と 。
親の言うことを聞きなさい、大人の言うことを聞きなさい、ですね。
そして、「子どもらしく!」を押し付けるんですよね。

含蓄のあるするどい突っ込みをするような子どもや、
大人顔負けの理解力を示す子どもを
「子どもらしくない」と批判したり、
「子どもらしい演奏を」と求めたり・・・。
子どもらしい演奏って、一体どんな演奏のことをいうのか?

勝手な大人の思い込みで、
「子どもらしい」を想像してはいないか?と思うことしばしば。
子どもの個性を「子どもらしい演奏」という解釈で、
潰してしまってはいないか?
先生のコピーのような演奏を押し付けることと、
子どもらしい演奏という勝手な大人の思い込みを
子どもに押し付けるのは、どちらも同じことと私には思えます。
結局どちらも、生徒さんを尊重してはいないんですよね。
大人の勝手な解釈を子どもに表現させようとしているだけです。

子どもとお話していると、その9歳の女の子のように、
驚くほど悟っていると感じる言葉に出会うことがありますね。
子どもは、大人が驚くような含蓄のある言葉を発することがあるんですよね。
それは、社会にまみれず、裏表もなく、純粋に、
素直な目線で 世の中を見ているからこその言葉とも思います。
子どもの目線の先には、真理があったりするものなんですよね。

子ども向けの商品って、全てが幼児教育学に精通した
プロが作っているわけではないので、
「子どもなんだから、これくらい目先を面白く楽しそうにすればいいだろう。」
みたいな安っぽさを感じることが多いですね。
子どもにとっての「楽しい」「面白い」とは何なのか?
大人の勝手な解釈で、
子どもの「楽しい」「面白い」を定義してしまってはいないだろうか?
そんな風に思うことがあります。


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emksan at 11:32│TrackBack(0) ピアノ/レッスン 

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この記事へのコメント

1. Posted by kaz   2013年08月29日 12:29
中嶋様

記事読みました。「子供だから・・・」と大人目線の感覚を押し付けてしまうということ、これは根底には「差別意識」があるのだと僕は思います。自分とは異なる感覚、考え、異なる価値観、つまり、自分とは異質のものを受け入れられない。無意識なのだと思いますが・・・

無意識に差別をする人は、差別をされていることにも鈍感だったりします。そして差別をする人は、自分と同じ、もしくは似た価値観の人たちと一緒に群れようとします。違う価値観というものを認める必要が減りますから・・・

とても重いですねぇ・・・自分のブログにも(気力があれば?)書いていきたいテーマではあります。

ちなみに僕が学生時代に専攻したのは、「死生学」(thanatology)という学問です。日本ではなくアメリカで学びました。こちらの方の(重い?)テーマもブログに書いていくかもしれません。

kaz
2. Posted by 中嶋   2013年08月29日 18:21
>kazさん

突き詰めていくと、確かに差別意識なのかもしれないですね。子どもを尊重することなく、子どもなんだからと。子どもがわからない、理解できないということからくる差別意識と、弱い者に対する差別意識とがある気がします。

私は発達障碍の子にもピアノを教えているのですが、障碍のあるなしにかかわらず、生徒さんを尊重するということがどんなに大事なことかと、いつも思わされます。相手を尊重すれば、相手は私を受け入れてくれます。生徒さんが私を受け入れてくれることで、私の言葉が生徒さんに響きやすくなり、とても気持ち良く音楽的なレッスンができるようになるんですよね。

障碍のあるなし、大人子ども関係なく、師弟関係って、先生だから偉い、生徒だから先生より下!という意識では、相互関係は築き上げることができないんですよね。生徒さんより強い立場の先生だからこそ、なおさら生徒さんを尊重するという意識を強く持たなければならないのだと、いつも思います。

ところで、群れからくる差別意識って、ちょっと怖いですよね。集団心理が働きやすくなり、自分が見えなくなりやすいと思うので。群れに歩調を合わせるって、危険だなぁと。その代り、安心感もあるのでしょうか。私は安心感より危機感の方を強く感じるのですが。子どもや発達障碍の子と接するということは、大人を取り巻く人間関係の裏表が、全く役に立たないということなので、心が真っ裸になり、素直に、正直に、気持ちよく、とてもすがすがしい気持ちになれます。

死生学という学問があるのですね!とても興味深いです!!!是非いつか記事にしてください。楽しみにしています!