2013年07月14日

ドビュッシーと”時間の経過”

今日は午前中からずっと、ドビュッシーの管弦楽曲を聴いていました。
私にとってドビュッシーはさほど身近な作曲家ではありません。
食わず嫌いみたいなところがあったので。(^_^;)

ドビュッシーをもっと知ろうと、歌曲も聴いたのですが、
こうして管弦楽曲を聴くと、
ドビュッシーの世界は管弦楽曲を聴かないとわからないのだなぁと。

ドビュッシーというと、印象派の画家モネなどを思い浮かべますが、
管弦楽曲を聴いて感じたのは、
瞬間を切り取る絵画ではなく、
時間の経過である映像(動画)でした。
ドビュッシーの音楽は切り取られた瞬間ではなく、
時間の経過だと感じたのです。

音楽は、哲学・文学・美術・建築など、様々な文化の流れにおいて、
一番流行に遅れる文化という印象が私にはあったのですが、
ドビュッシーは時代を先取りしていたのでしょうか?

映像の歴史が気になったので、
早速ネットで調べてみることにしました。
1893年エジソンが映写機(キネトスコープ)を発表。
これは箱の中を覗き込むと、その中の動画を見ることができる、
というものだったようです。

1895年フランスのリュミエール兄弟が、
エジソンの仕組みを箱からスクリーンに投影するものに改良し、
一度に多くの人が鑑賞できるようになりました。
次の動画は、リュミエール兄弟が初めて一般公開した映画。
駅のプラットフォームに蒸気機関車が到着する映像です。
これを見た観客が、やってくる蒸気機関車に轢かれると思い、
客席から飛び退いたという話しは有名ですね。




次の映像もリュミエール兄弟によるもの。
1895年の映画です。コメディですね。




ドビュッシーが『映像』を作曲するのは1904年頃から。
その後『海』の作曲が続きますが、
ドビュッシーの時間の経過は、
当時の映像をはるかに凌ぐ表現と感じます。
波・風・光といった視覚的に動的なものだけでなく、
そこには”薫り”もあるからです。

一瞬を切り取る絵画の世紀から、
時間の経過を表現する映像の世紀に入り、
ドビュッシーはいち早くそれを音楽に取り込んだのでしょう。
この瞬間、音楽は他の文化を圧倒して、
時代を先取りする文化になったのではと感じます。
(あくまでも、現時点での私の印象ですが・・・。)

音楽はもともと時間の経過です。
時間の経過とともに音楽がある。
しかし、ドビュッシーの管弦楽曲は、
時間の経過を”五感で感じる”という、独特な感覚を伴う気がします。
私たちは時間の経過を、常に五感を通して感じていますが、
ドビュッシーにはそれがあるんですよね。

”ああ、音楽って時間の経過なんだ。”

改めてそう思わされました。
食わず嫌いはいかんですね。(笑)
聴いてみるといろんな発見があるもので、楽しい〜。


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emksan at 14:03│TrackBack(0) ピアノ/練習&勉強 

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