2022年06月06日

セミナー内容の詳細「あきらめないで!ピアノ・レッスン」発達障害児に学ぶ効果的レッスンアプローチ

「あきらめないで!ピアノ・レッスン〜発達障害児に学ぶ効果的レッスンアプローチ」(ヤマハミュージックメディア)を出版した際の、2012年以前のセミナー内容をまとめたものです。

あきらめないで!ピアノ・レッスン

≪発達障害児に学ぶ効果的レッスンアプローチ≫ 打てば響く3つの視点
〜個性を知る・理解力を知る・身体能力を知る〜


【ピアノレッスンのスタンス】

・障碍名に固執しない

例えば自閉症には知的障碍を伴った自閉症もあれば、知的障碍を伴わない自閉症もある。また、自閉症といえば言語の発達に遅れがみられるのが特徴だが、中には遅れがみられないアスペルガー症候群などもある。これらをひっくるめて自閉症スペクトラムと呼ぶが、その中には自閉症の特徴を少しずつかいつまんでもらっている広汎性発達障碍という障碍名もある。

また、当日お配りしたレジュメには自閉症の特徴をずらりと箇条書きにしているが、これらの特徴すべてを併せ持つ子はそうそうおらず、ほとんどの子はその中のいくつかの特徴がみられるという子ばかり。しかも、この特徴は強くみられるが、この特徴は少ししかみられないなど、その特徴の度合いはそれぞれ異なる。10人いたら10通りの個性があり、障碍名について知ろうと思ったところで良いレッスンはできない。

障碍名を知ろうと思うのではなく、その子と向き合い、その子自身を知ろうと思うことが、レッスンの第一歩だと考えている。

・音楽療法ではない

音楽療法は発達を促すために音楽を利用する“療法”である。「うちの子の発達を促してください」とやってくるお母様は1人もいない。音楽が大好きな子どもにとってピアノが人生の支えになってくれたらと願い、みなさんピアノ教室へやってくる。そのため、私の指導スタンスは障碍のない定型発達の生徒さんと全く同じ立ち位置である。


【観察】

幼児教育では子どもを観察し、子どもたちがどのような発達段階にあるのかを分析し、それに応じた環境を整えるという考え方がある。私はその視点をピアノ教育に応用している。

・できることを教える

私が一方的にこの子ならできそうと思うことではダメで、生徒さん自身に「僕、それならできそう!」と思ってもらえることをレッスンアプローチとして提示していく。生徒さん自身に「それならできそう!」と思ってもらえることは何なのか?それを知るために生徒さんを観察する。そのための3つの視点が個性、理解力、身体能力を知る、である。

・個性を知る

時間にこだわりを見せる自閉症の生徒さんが、レッスンが時間通りに終わるか不安でちらちら時計を見ることに対し、「時計ばかり見ていないでレッスンに集中しなさい!」などという声かけを私がしてしまったら、この子と私の信頼関係は築けなくなってしまう。

この人は自分を理解してくれない、信頼できない人だと思われてしまったら、生徒さんの私の声かけに対する受け入れ口はあっという間に閉ざされてしまう。そうなると、私がどんなに心を尽くして声かけしたところで、すべて跳ね返されてしまい、レッスンがうんでもないすんでもないと、一歩も前へ進まなくなってしまう。

生徒さんの私の声かけに対する受け入れ口を広げるため、私はその子自身を知ろうと思う。個性を知るという視点はレッスンの第一歩、生徒さんの受け入れ口を広げることである。生徒さんが抱えるバックグラウンドを理解してあげた上で声かけするのと、全くそういうものを見ようともせずに一方的にレッスンするのでは、定型発達の子でも私の声かけに対する受け入れ口は変わってくる。

打っても響かないなどということはなく、私の声かけ次第で打てば必ず響くと私は信じている。

・理解力を知る

ピアノ指導する上で知っておきたい生徒さんの理解力。文字はどの程度読めるのか?ひらがなしか読めない子にカタカナを交えて説明しても理解してはもらえない。数字に出会ったことのない子に、突然指番号を教えたところで生徒さんはチンプンカンプン。

発達障碍の子には記憶力の弱い子というのがいるが、暗譜ができない子に対し発表会があるからと無理やり暗譜させようとすることに意味があるのか?また、生徒さんの注意力がどの程度あるのかを知らずに、生徒さんの注意をひくレッスンは不可能である。発達障碍の子の中には図形が弱く、線上と線間の音符の区別がつかない子がいる。

こういう子に5線のドレミファソを教えたところで、原点である線上と線間の区別がつかないので生徒さんはわけがわからないだけである。このように図形の弱い子は鍵盤把握も苦手である。私たちが88鍵盤からドの鍵盤を導くことができるのは、2つの黒鍵と3つの黒鍵の不平等があるからだが、この区別がつかない子にドの鍵盤を探し出すことはできない。

線上線間の音符にしても、鍵盤の把握にしても、それぞれの区別がつくまでに成長してからアプローチすればよいことと私は思う。また、発達障碍の子は焦点を定めるのが苦手である。そのため、私は生徒さんの目の動きを観察しながらレッスンする癖がついた。生徒さんの焦点を一点に絞ってあげただけで、今までできなかったことができるようになる、ということが山ほどある。

そのため、私は生徒さんがどの程度焦点を定めることができるのか、また、その焦点を導くためにどういうアプローチが可能なのかを常に探るようにしている。

・身体能力を知る

子どもは体の中心から外側に向かって発達していく。肩の関節が使えるようになると点を描き、肘の関節が使えるようになると直線を描き、手首が使えるようになると曲線を描く。最終的に曲線の描き始めと描き終わりが繋がり、円が描けるようになる。これは指が使えるようになったということである。

この子どもの体の発達の最後にくる指を使う楽器がピアノである。そのため、定型発達の3,4歳の子がお教室へやってきたとき、その子がどの程度の体の発達段階にあるのか実験をすることにしている。テーブルの上にパーの手を載せてもらい、指の少し上を指して「この指動くかな?」と聞く。そうすると発達がまだ進んでいない子は他の指が動く。

こういう子がピアノに向かうと何が起こるか?その子は3の指を使ってミを弾こうと思った。しかし実際に動いた指はその子の意に反して2の指で、鳴った音はレだった、ということになりかねない。また、自閉症の子の中には鉛筆が持てないほど筋力の弱い子というのがいる。ダウン症の子は筋力が弱いのが特徴で、ダウン症の子用のリコーダーが開発されているほどである。


【分析】

このように3つの視点を通して生徒さんを観察しても、すぐに生徒さんにできそうと思ってもらえることを提示できるわけではない。この大きな円を教えたいと思ったとき、3つの視点からまだこれは生徒さんに無理だと判断することになっても、私は“できない”と諦めるのではなく、この大きな円を分析し細分化した一部分を生徒さんに提示している。

できることを教える図

(この大きな円は、1つの楽曲、読譜、音の並びの把握、鍵盤の把握、リズムの把握、手の形、指の筋力、指のコントロール、あらゆる円が考えられるが、私はあらゆる円を分析し細分化して生徒さんに提示する。)

 ・指の強化の分析と細分化例

(『あきらめないで!ピアノ・レッスン〜発達障害児に学ぶ効果的レッスンアプローチ〜』ヤマハミュージックメディア、第3章133〜140ページ、148〜149ページ)

 ・指のコントロールの分析と細分化例
(同上、第3章140〜145ページ、149〜152ページ)


【時期を見極める】

小学2年生で線上線間の区別がつかなかった子がいた。この子が高校生になった頃、この区別がつくようになっていたので読譜へのアプローチを導入したが、5線を数えることができていないことがわかった。音符が何本目に刺さり、何本目に載っているのかが判別できなかったのである。

そのため、読譜へのアプローチは時期尚早と判断し、その時点での読譜アプローチはすぐにやめた。その後、社会人になってこの区別がつくようになっていることがわかった。そこで、それまで時期尚早とやらずにいた色音符表と楽譜を見比べ、自分の力で色音符の楽譜を作成するという読譜へのアプローチを開始した。

理解できることに喜びを覚え、色音符の楽譜を作成する楽しみに目覚めたこの子は、今では細かな音符、加線の音符がたくさん出てくる自分が弾く楽曲の楽譜を、お母さんの手を借りずに自分1人で色音符の楽譜に作成できるようになっている。現時点で無理でも、無理とあきらめるのではなく時期がくるのを待つ。

丁度良い時期に丁度良いアプローチをするということが大切と思う。


【生徒さんの紹介VTR】

(1)げんちゃん
重度知的障碍を持った子。自閉傾向がある。発語がないためコミュニケーションがとりづらい。新曲への拒否反応が強く見られ、レッスン中よく寝ころぶ子だった。
 2003年/2004年/2005年/2006年/2007年

(2)りつくん
自閉症で、本に書いた自閉症スペクトラムの様々な特徴を持っている子。時間へのこだわりが強く、思春期には自傷行為が激しかった。
 2005年/2006年/2008年/(2009年)/2010年
  ※( )は、セミナー時間によってはカットの場合あり

(3)Sちゃん
通常学級に通っている、知的障碍を伴わない自閉症スペクトラムの男の子。感覚異常が強く見られた。饒舌な子だったので、自閉症の子の理解の仕方や物の見え方といったことを知る手掛かりをくれた子。
 2005年/2006年/2007年/(2008年)/2010年

(4)しょうくん
広汎性発達障碍の子。なんでも聴いた曲を耳コピーできるタイプの子で作曲をする。音量の概念は数値で理解し、音色や構成という概念は数年かけて少しずつ理解してくれた。(自閉症の子は、音量や音色という漠然としたものを理解するのが苦手なため。)
 2002年/2003年/(2005年)/2008年/2009年/2010年

(5)なっちゃん
軽度知的障碍の子。(小学3年生〜中学3年生までは中度と診断されていた)線上と線間の区別がつかない子だったので色音符でレッスンしている。小学生時代は嫌なことがフラッシュバックしやすく、数ヶ月前のことでもさっき起こったかのようにぐずりだし、一度ぐずるとなかなか気分を切り替えることができない子だった。
 2002年/2003年/(2004年)/2005年/2006年/2009年


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