2010年09月13日

浴びることで自由になる

illust07.10.10-2浴びるほど聴く・・・なのですヨ。
こういう時期を持つって、すごく重要だなぁと。
とにかく数を聴く!です。
しかも、ピアノ曲に限らない。←ココ重要かも。
言葉にはできない感覚的なものを学ぶには、
これしかない!と思うん
です。
特に様式感。
こればっかりは弾くだけじゃぁどうしようもない。
浴びるほど聴くことで感覚的に身に付く
・・・そう感じます。

例えばインベンション。
この曲ばかり聴いたって、う〜ん、あんまりね。(笑)
この曲ってバロック時代にあってちょっと特殊なんですよね〜。
でも、器楽曲なんかをしっかと聴いていると、
ダンスなのか、ソナタなのか、アリアなのか・・・そこいら辺が見えてくる。
それからバロック独特の終始のカデンツによる句読点。
そこいら辺が感覚的に見えてきて楽しさが倍増します。

初めて浴びるほど聴くときって、
どんな風に聴けばよいのかなんてわからないものですネ。
だから、とにかく浴びるほど聴くしかない。
広い範囲でピアノという楽器にとどまらずに、
同時代の様々な楽曲を聴くとあっては、
範囲が広すぎて聴いたものをどう自分の演奏に活かせばいいかなんて、
最初のうちはわかりっこないのですヨ。
でもね、聴きまくっているうちに自分なりの聴き方がわかってきて、
それをどう自分の演奏に活かせばよいのかが見えてくるんです。

とにかく、聴きまくる。浴びまくる。
最初は楽しくないかもしれないし、わけがわからないかもしれない。
それでも、聴きまくる。浴びまくる。
そうしていくうちに楽しくなる。わけがわかってくる。
人間の脳みそって不思議デス。




私は古楽が大好き。
古楽に目覚めたこと、とても感謝しています。
バロックの世界がぐぐんと広がりました。
illust-07.11.7-2そしたらね、
他の時代も見えてきたんですヨ。
やっぱりバロックって基本なのかなぁ。
バロックが見えてくると、
これまで見えてこなかった近現代、
ロマン派、古典派が見えてくる。

わからないことほどつまらないことはないと、こういうとき思います。
わかるまでは辛かったりするんだけれど、
わかりはじめると楽しくてたまらなくなる。
いろぉんなことが見えてきて発見することが多くなって。
わからないことだらけのときの発見頻度より、
わかるようになってからの発見頻度の方が高いような気がします。
発見できることが多いってほんっとうに楽しい。
とても新鮮で感動的。

ところで、この浴びるほど聴くの”浴びる”は、
聴くだけに使えるものではありません。
”浴びる”というのは焦点がない分最初はわかりづらいけれど、
多面的に立体的に広範囲を享受することができるので、
真似ではなく応用に発展させることができるんですよね。

例えば、公開レッスン。
1曲1曲のレッスンを1つ1つ事細かにメモしていたって、
応用できるはずがないんですよね〜。
その先生のその楽曲に関する解釈がわかるだけ。
その上、そのレッスンを受けている生徒さんに合わせた情報しか入ってこない。
だから、その情報がそのまま自分の練習や自分の生徒さんに使えるかというと、
全く同じ楽曲で、全く同じタイプの生徒さんにしか通用しないということになり兼ねないのデスヨ。

”浴びる”というのはそういう視点で聴講することではなく、
公開レッスン全体を眺める・・・ということ。
公開レッスンを聴講するとき、
自分の興味のある楽曲だけ1人2人聴講するんじゃぁ、
正直聴講の意味などないだろうと、私は思うのですヨ。
続けてババババ〜ッと全ての生徒さんのレッスンを聴講する。
これが”浴びる聴講”。
そうすることで全体の共通項が見えてくるんですよね。
私はその共通項が見えてきたとき初めて、
「いただきますっ!」とありがたく享受したものを実感することができるのデス。
illust-haruiro-8

”浴びるほど弾く”こういう時期も大切。

ちょっと変な言い回しですが。(^_^;)
例えば、ドビュッシーを練習しているのだとしたら、
浴びるほどドビュッシーのいろぉんな楽曲を弾きまくる。
とことん仕上げる必要なんてないんです。
ただ浴びるほど弾くことが大切。
そうすると1曲弾いただけでは見えなかったことが見えてくる。

聴くにしても、弾くにしても、勉強するにしても、
”浴びる”っていうのは、数をこなすってことですネ。
数をこなさないと見えてこないことというのは、
言葉で説明したところでどうしたって伝わらないことで、
とても個人的なとても感覚的な学びだと感じます。
でも、この感覚的なことがとってもとっても重要なことで、
これがないとたぶん・・・自由にはなれないんだろうなぁと思うのデスヨ。

ってことで、今私はベートーヴェン月間。
ベートーヴェンを浴びるほど聴こう♪


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この記事へのコメント

1. Posted by kana   2010年09月14日 00:49
こんばんは。何となく乱読に似てますね。音楽と文学の違いはありますけど。学生時代に一時期そういうことがあって、エントリーを読んでて思い出したわけなんです。
2. Posted by 中嶋   2010年09月14日 13:23
> kanaさんへ

ホント、乱読に似ていますネ♪どの世界にあっても、そういうのって大切なのかもしれないですね〜。
3. Posted by うめもも   2010年09月15日 13:01
共感できる内容ばかりで、
うなずきながら読ませていただきました。

・・・ドビュッシー♪今浴びています^^
そして、夏に3冊ほど弾きました。
今惚れています。

本も、作家によって会話のリズム(句読点や言い回し)というか流れがあるように、
楽譜にも、やっぱりあると思っています。

これは、聴いて聴いて聴いて弾いて弾いて・・・
ということで見えてくるものも大きい、のではないかと思います。(上手く書けませんでした〜!)
4. Posted by 中嶋   2010年09月15日 13:07
>うめもも先生へ

お互い同じ時間帯にコメントし合っていたのですね〜!びっくりしました♪
今、ドビュッシーなのですね!ソレイユで演奏する曲かな?月の光楽しみです!それにしても、ひと夏で3冊も弾いちゃうなんてすごすぎですっ!!!!まさに浴びる演奏ですネ。

ホント、楽譜にも会話のリズムといったようなものがあるんですよね〜。そしてそれを発見するには、浴びるほど聴いて、浴びるほど弾くしかなかったりして。苦しい道のりではあるけれど、浴びるほど弾くのも浴びるほど聴くのも、楽しいものですよネ♪

私は今、ベートーヴェンの悲愴をやっているけれど(ソレイユで演奏するので)、今のうちに同時期の作品を全部弾いてしまおうと目論見中です。やっぱり浴びるほど弾かないとネ。聴くだけじゃぁと思っています。とはいえ、ひと夏に3冊分も弾くなんて、のんびり屋の私には無理です〜〜〜!!うめももセンセ、すごいっ!