2018年01月22日

発達障碍ピアノレッスン情報交換会・池上

今月の『発達障碍ピアノレッスン情報交換会・池上』で、冒頭45分ほど私の生徒さんのレッスン風景をご覧いただく予定でいます。その後は、いつもの通り2、3のグループに分かれてのフリートークです。それぞれが抱える悩みを打ち明け合い、みんなでアイデアを出し合いましょう♪ 単発のご参加も大歓迎です。

私の生徒さんは、広汎性発達障碍で多動な男児。年中から小学2年生現在までのアプローチを、動画を使ってお話しさせていただく予定です。この子に使用してきた教具も持参していきますね!ご興味のある方は、ぜひお気軽にご参加ください♪   

1月30日(火)10:00〜12:00
スター楽器蝓|咯絅曄璽

《お申込みはスター楽器池上店まで》
03-3755-2131 ikegami@stargakki.com
http://hattatsu-piano.blog.jp/archives/cat_122278.html  

東京都大田区 東急池上線池上駅徒歩1分です♪


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2018年01月15日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(5)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

モーツァルト時代のプログラム・・・シンフォニー各楽章の合間にほかの曲を演奏?!

モーツァルトの書いたディヴェルティメント ニ長調 K.344は全部で6つの楽章を持っています。管弦楽編成のセレナード〈ポストホルン〉ニ長調 K.320は7つの楽章、セレナード〈ハフナー〉ニ長調 K.250にいたっては8つもの楽章から成っています。この2つのセレナードにはさらに入退場用の行進曲まで備えられているのです。
今日、これらの作品が演奏されるのは、主にコンサート会場で、お客さんは椅子に座ってステージ上で奏でられる音楽に耳を澄ませ、全ての楽章を第1楽章から通して聴きます。楽章の合間は拍手をしないで咳払いだけ、というのがエチケットとされていますよね。

ところが、モーツァルトの時代は、第1楽章から終楽章まで順番でセットで聴かなければならないものだ、という考えは希薄でした。ディヴェルティメントやセレナードに限らず、それはシンフォニーでも同じことが言えます。 コンサートのための会場で、オーケストラがステージ上に並ぶようなシチュエーションであっても、シンフォニーの第1楽章から第4楽章まで必ずしも通して演奏されていたわけではありませんでした。今日のオーケストラの演奏会のように、序曲から始まり協奏曲があって、締めくくりに交響曲。というようなスタイルのコンサートは古典派の時代にはなく、シンフォニー(交響曲)は、第1楽章が演奏会の幕開けに利用され(「序曲」的扱い)、次に歌手が登場してコンサートアリアを、ピアノの独奏があるかと思えば、ピアノ協奏曲があり、シンフォニーの中間楽章はどこかに忘れられて、演奏会の最後に締めくくりの音楽として第4楽章のみが演奏される、なんていう、今日で言うところの「ガラ・コンサート」的な催しがむしろ普通でした。


— 全楽章セットで聴かなければならないと思い込んでいました。現在では楽章間の拍手ですらマナー違反ですから。当時の作曲家は、分割して演奏されることもあり得るという前提で作曲していたのですね。とはいえ、ベートーヴェンの各楽章の関連性を見ると、ベートーヴェンはそれを快く思っていなかったのかなと思ったり。

ベートーヴェンが交響曲というジャンルを半ば神格化させてからは、まるで交響曲というものの扱いがそれまでとは異なっていったという経緯があります。彼以降交響曲は、作曲する方もおいそれとは書けなくなったし、聴く方もある程度の覚悟をもって臨まなければならなくなりました。
でも、古典派の時代の交響曲(ベートーヴェン以前)は、概してもっと気楽なものだったのです。ディヴェルティメントと同じような感覚で書かれたものも多くて、両者に厳然たる違いはありませんでした。街のマイスターが、みんなで合奏できるものを、というような感覚で特に構えることなく、いたるところで大量に作曲されていたのです。 そういった古典派時代のシンフォニーを「交響曲」と呼ぶと、どうしてもベートーヴェン以降の殿堂入りした作品たちを想像してしまうので、「シンフォニー」と呼んだ方が実像に近いかなと思っています。

1783年3月にウィーンのブルク劇場で皇帝ヨーゼフ2世同席の元催された、モーツァルトの自主公演のプログラムをここにご紹介しましょう。編成を括弧書きで冒頭に記します。全てモーツァルトの作品で、指揮とピアノもモーツァルトが担当しました。

[オーケストラ] 新ハフナー・シンフォニー
[歌とオーケストラ] オペラ〈イドメネオ〉より「今やあなたが私の父」
[ピアノとオーケストラ] ピアノ協奏曲 ハ長調
[歌とオーケストラ] シェーナ「哀れなわたしよ、ここはどこ・・・ああ、わたしではない」
[オーケストラ] セレナード ニ長調 より第3楽章
[ピアノとオーケストラ] ピアノ協奏曲 ニ長調、ロンド ニ長調
[歌とオーケストラ] オペラ〈ルーチョ・シッラ〉より「私はゆく、私は急ぐ」
[ピアノ独奏] 即興によるフーガ、パイジェッロのオペラの主題による変奏曲、グルックのオペラの主題による変奏曲
[歌とオーケストラ] 「我が憧れの希望よ・・・ああ、汝は知らずいかなる苦しみの」
[オーケストラ] 新ハフナー・シンフォニーの最終楽章

s-ブルク劇場
ブルク劇場

ショパンなどヴィルトゥオーゾによる協奏曲はライブさながら?!

— なんとも贅沢なプログラムですね!それにしても、ハフナー・シンフォニーがプログラム冒頭と末尾に分かれ、その間にほかのオーケストラ曲、セレナードが挟まれているというのは驚きです! ロマン派時代のプログラムを見たことがあるのですが、これに似たプログラムでオーケストラ、ピアノ独奏、ピアノ協奏曲、歌が混ざった、現代では不可能だろうと思うほど贅沢なプログラムだったのですが、ひとつのシンフォニーを細切れに演奏し、なおかつ、他のオーケストラ曲を間に挟むことがあったなんて知りませんでした。


シンフォニーというと、形式が整っていて冒頭の一音から聴き漏らすことなく姿勢を正して聴かなければならない、というようなイメージがあると思いますが、当時は必ずしも全楽章が通して演奏されていたわけではなく、TPOに応じて、そこに適した楽章が選択されて、なんていうことがしばしばあったことが資料から読み取れます。
19世紀に入ると、現在のオーケストラの定期演奏会のような、いわゆる「クラシック・コンサート」が催されるようになってゆきますが、18世紀的な、「ガラ・コンサート」も、ますます発展して各地で催されていて、そこではピアノやヴァイオリンや管楽器のヴィルトゥオーゾがもてはやされ、歌手が歌い、新旧のシンフォニーが細切れに演奏され、といったような、ごたまぜの演奏会が繰り広げられていました。
そういった演奏会では、拍手が楽章間に入るなどは当たり前で、それどころか、ピアノ協奏曲でソリスト(ヴィルトゥオーゾ)が華麗な技を披露した後には、オーケストラの演奏は無視され、やんやと拍手がなったのだそうです。

ショパンのピアノ協奏曲を思い浮かべてみてください。
第1楽章の長いオーケストラによる前奏。音楽が始まったところで、お客さんもまばらにまだ着席していない人がいます。おしゃべりも静まりません。さて、舞台上を見るとソリストも登場していないではありませんか。
ピアノ・ソロがそろそろ始まろうかというころに、白い手袋をはめたピアニストが登場。その手袋をやおら聴衆に投げつけピアノの前に着席すると、劇的なパッセージからヴィルトゥオーゾの演奏が始まります。ピアニストの登場の際にはやんやの拍手、口笛も飛び交ったかもしれませんよ。客席が静まるのは、ピアニストが弾き始めようと手を上げた瞬間になります。

聴衆が注視・注聴する中で奏でられるのは甘いメロディー。ショパンの場合、ちょうど演歌調のメロディー[都はるみの「北の宿から」に似ています(笑)]から始まるのは、これは偶然ではないかもしれません。その甘美なメロディーに聴衆はいきなりメロメロ。演歌歌手のバックバンドに誰も注意を払わないのと同じことが、ショパンのコンチェルトの伴奏オーケストラにも当てはまります。(ちなみにショパンのオーケストラの書法が未熟だという意見を度々聞きますが、当時の楽器で演奏してみれば、意味のない中傷だということが分かります。決して伴奏ゆえにオーケストラを軽視して作曲していたということではありません。)

さてその後、ヴィルトゥオーゾの弾くピアノは徐々に激してゆき、パッセージが細かくなり、彼の技術の見せ場になります。右に左に動く両腕、音楽が盛り上がりトリルで最高潮に達するとオーケストラがそれをフォルティッシモで受け継ぐわけですが、ここで会場はヴィルトゥオーゾに向かって大拍手です。おそらくピアニストはここで立ち上がりもしたでしょう。花束を舞台に投げる人もいたかもしれませんね。
こんなコンサート、今でも日夜催されていますよね。クラシック音楽ではありませんが。
さてしかし、こんな音楽の受容のあり方、芸術音楽の鑑賞態度としては許せない!とムキになった人がいました。

彼はメンデルスゾーンです。
興味をもたれた方はメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番の第1楽章を聴いてみてください。ピアノ・ソロは曲頭からすぐに入るため、手袋を投げる時間はありません。ピアノはクライマックスに向かって盛り上がるのですが、拍手をしようかと手を上げた瞬間にふわーっとピアノパートはオーケストラと一緒に下がっていってしまい拍手をするタイミングを与えません。また各楽章間は休みなくつながるようになっていて、楽章間にも拍手をさせません。かの有名なヴァイオリン協奏曲の第1楽章と第2楽章の間をファゴットがつなぐのも、同じ考えに基づくものと考えていいでしょう。その後第2楽章と第3楽章間も休みなくつながるように作曲されています。
このメンデルスゾーンの活躍していた、おおよそ1830年ごろから、まさに今日のオーケストラの定期演奏会のような形態でのコンサートが催されるようになってきました。その発祥の地のひとつは、メンデルスゾーンが音楽監督を務めていたことがあるライプツィヒ・ゲヴァントハウスの演奏会場です。

あ、それからショパンもパリに出てからは、メンデルスゾーンと同じような感覚(聴衆の拍手は二の次)になっていきましたよね。コンチェルトのような派手な曲を書くのを止め、広い会場での公開演奏会を避けるようになっていったのは、みなさまご存知のとおりです。

s-図1:リストのピアノ・リサイタル。
リストのピアノ・リサイタル。Adolf Brennglas の Berlin, wie es ist (Berlin, 1842) の口絵

— まさにライブですね! 静かに聴きたいという気持ちもありますが、ライブ感覚で奏者とのやりとりを楽しむというのも魅力的です。芸術音楽を聴くというかしこまったものだけでなく、クラシックにもこのようなライヴ感覚のコンサートがあってもいいですよね。

今でも「クラシック・コンサート」の会場は社交の場を兼ねているのですよ。日本では外来のオーケストラのコンサートはチケット代がとても高く、元を取らないととばかりに、クリティカルに一音一音を聴き漏らさないよう、舞台上を睨むように音楽を聴く人が多いでしょう。けれど、ヨーロッパで演奏会場に赴くと、お客さんはくつろぎ楽しむために演奏会に来ているのだ、ということを見せつけられ、ハッとさせられるのです。
アムステルダム・コンセルトヘボウ・オーケストラの定期演奏会に一年間通い詰めたことがありますが、演奏会前は会場内のあらゆるところで知人同士での再会を祝したビズ(挨拶のキス)の嵐、休憩時間は全員がロビーに出ておしゃべりを楽しみます。演奏を聴くのはどちらかというと二の次という感じでした。また、オーケストラの団員いわく、「サントリーホールが世界で一番緊張する」とのこと。実際に本場のコンセルトヘボウ(オランダ語でコンサートホールの意味)で聴くよりも、サントリーホールでの演奏の方が数段引き締まった演奏を聴かせてくれます。

ソナタ形式の物語性を楽しんでみる

さてしかし、古典派の音楽は「均整美」を求める音楽でもあります。
古典派の時代に確立されたジャンルに、器楽作品の「ソナタ」と「シンフォニー」があります。
シンフォニーの初期のものはイタリアの序曲に端を発する急-緩-急と短くまとめられた3楽章制のものが聴かれましたが、序破急の呼吸で整えられた形式美を見せてくれるものが少なくありません。ソナタは、緩-急-緩-急のバロック時代の教会ソナタが古典派時代のソナタに受け継がれてゆく中で、各楽章間には調性や主題の関わり、また共通の動機をもつなど、密接な関わりをもった作品が生み出されてゆくようになります。
シンフォニーはその後ウィーンで踊りの楽章(メヌエット)が加えられ、4楽章制になってゆき、徐々に規模が大きくなり、4つの楽章からなるシンフォニーがいよいよ確立されてゆくことになります。

最初と最後の楽章は「ソナタ形式」をとることが多く、中間には、「二部形式(簡易なソナタ形式)」や「変奏曲形式」などの緩徐楽章と、踊りに端を発する3拍子の「メヌエット」が置かれるのが通常のスタイルとなってゆきました。

ソナタ形式は、物語を紡ぐのと同じように「起承転結」のような定型をもった形式です。深く掘り下げると尽きせぬ面白さがありますが、理解する上で決して難しいものではありません。
繰り返し提示されるテーマを男性のいかつい主人公、スノブな女性主人公、彼らを取り巻く脇役たち、のように勝手に置き換えてみるといいかもしれません。ソナタ形式はドラマです。平和だったところに不穏な空気が流れ込んでくると、とらえる人によってはそれを不吉な知らせと感じることもあるでしょう。また人によってはそれを嵐にもまれる舟に例える人もいるかもしれません。
感じることは各人の自由なファンタジーに委ねられています。私はその強要しない想像力が膨らんでゆくところが、ソナタ形式などでつくられた器楽作品のすてきなところだと思っています。

どんな曲でも、そんな物語を紡ぐことができるのですが、初めてそんな自分だけの物語をつくってみたい、なんていう人におすすめしたいのは、メンデルスゾーンの序曲〈フィンガルの洞窟〉です。
この作品のソナタ形式は型通りにつくられていて古典的で短くしまっていて、とてもよくできています。何度も繰り返される冒頭の動機は、ハーモニーによってさまざまに色どられてゆきます。つねに裏で奏でられるさざ波は、実際の海の波やうねりと置き換えてもいいし、心の揺れと感じてもいいでしょう。第2主題のうっとりとする歌謡的な旋律は、提示部では雄弁に歌いますが、再現部では2本のクラリネットにより黄昏的に奏でられます。聴く人は、この作品のタイトルの通りに自然描写をしてもいいし、ある主人公の心の中の葛藤を描いてみてもいいでしょう。最後に寂しくフルート1本で終わるこの曲に、自分だけの物語をつくってみてはいかがでしょう。この色彩豊かな音楽は、聴く者に湧き上がるさまざまなファンタジーを許容してくれるのです。

ソナタ形式を理解するために、まずはその物語性を楽しんでみる。登場人物が加わったり入れ替わったり、表情がころころと変わったり、とドラマを楽しむ感覚で鑑賞してみてはいかがでしょう。ソナタ形式の雛形はありますが、古典派の作曲家はおのおの、そこからの逸脱を楽しみながら曲作りをしています。慣れてくると、「お、ここでそう来るか!」なんて独り言を言いながら楽しめるようになってきます。そうなるとしめたもの。古典派の無限の楽しみが眼前に広がってくることでしょう。



塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
ラ・バンド・サンパ
古典派シンフォニー百花繚乱
シューベルト研究所
ナチュラルホルンアンサンブル東京

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emksan at 17:51|Permalink 知っておきたい!トレンド古典派音楽 

2018年01月12日

久々の作曲『憧憬』

冬休み中、作曲をして遊びました。作曲は楽しみでもあり、学びでもあり。今回もたくさんの学びがありました♪

それにしても、テーマを展開させるって難しい。私にはこれが精いっぱい。変奏曲を作った時にも思いましたが、変奏や展開というのは、クラシック音楽の基本なのかもしれません。

こうして作曲していると、作曲の限界は読譜の限界と比例しているようにも思われて。楽譜の読み込みとは、なんと奥が深い!未熟さの痛感はなかなか辛いものですが、学んだら学んだ分、楽しさも倍増するので、辛いばかりでもなくて。

今年は成長の年にしたい♪



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emksan at 15:14|Permalink ピアノ/練習&勉強 

2018年01月09日

藝大音楽祭と大槌町の子どもたち

日曜日、上野に一泊。とても充実した二日間♪ 日曜日は藝大130周年記念音楽祭。月曜日は東日本大震災電子ピアノ支援で知り合いになった大槌町の先生と子どもたちのコンサート。   

藝大記念音楽祭は『鍵盤楽器未来永劫』という公演で、クラヴィコードからアナログ・シンセサイザーまで、過去、現在、未来を眺望。電子音は、身体的な向き不向きがあるのかもしれないと思いました。オンド・マルトノもアナログ・シンセサイザーも「なるほど!そういうことだったのか!」がわかって面白く、また、こういった楽器にはまる人がいる理由もよく理解できたのですが、第2部で電子音ばかり聴いていた私の耳はとうとう悲鳴をあげ、公演後は耳がキ〜ン。自分の耳がコウモリになったようでした。   

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第1部の1839年グラーフ製作のピアノは、なんとも味わい深い輝きのある繊細な響き。先日小倉さんのレッスンを受けたばかりなので、この響きが楽器由来というだけでなく、「小倉さんだからこそ箱が豊かに鳴るのだ」と、よくよくわかった上で聴けたのが良かった! 誰もが箱そのものを鳴らせるわけではないんですよね。楽器の持つ特性を最大限に生かした素晴らしいシューベルト、メンデルスゾーン、シューマンに感動♪ 

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月曜日は合唱団いちばん星のコンサートへ。岩手県大槌町のK先生が指導しているキッズコーラス「あぐどまめ」が出演するためです。2015年7月、K先生が『ありがとうの音』という被災地の子どもたちによるピアノと歌のコンサートを盛岡で開いてくださいました。あぐどまめの歌声を聴くのはその日以来なので2年半振り。ここまで声の出し方が変わるものかというほど、透明感のあるまっすぐな響き、安定した音程、歌うことに自信を持った子どもたちの姿勢と力強い眼差しに驚かされました。たった2年半でここまで子どもたちの気持ちを引き上げ、純粋な歌声を引き出してこられたK先生に感動、感激。なんて素晴らしい指導力と熱意、愛情!

休憩時間、ロビーでK先生にお会いしたとたん涙腺が緩んでしまいました。私はハグが大好きなのですが、お別れするまでに3回もハグしちゃった。(笑)  今年、大槌町へ伺うつもりでいます。宮古市の小成楽器店のMさんにもお会いしてこよう♪ 2012年2月、Mさんの車で大槌町のK先生を訪ねてから6年が経ちました。電子ピアノ支援は2016年9月に終了しましたが、この活動で出会った先生方との交流は私の人生における一生の宝物です♪ 

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emksan at 10:50|Permalink 音楽/コンサート 

2017年12月27日

知っておきたい!トレンド古典派音楽(4)

ナチュラルホルンを得意とするプロのホルン奏者で、フラウトトラヴェルソを愛奏する古典派音楽の愛好家にして音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲル代表の塚田聡さんに、私の興味が赴くままにインタビュー♪

モーツァルトはメヌエットがお気に入り!

ディヴェルティメントって作品をよく見ていくと、踊りの要素が強いんですよ。カッサシオンやディヴェルティメントといったような機会音楽の場合、楽章数は通常4つより多くて、歌謡的な楽章、変奏曲などの合間合間にメヌエットが配されています。メヌエットは普通、「主部→トリオ→主部」という三部形式なのですが、ディヴェルティメントのメヌエットは、さらに第2のトリオが加わることもあり、トリオが終わる度にダ・カーポ(曲頭に戻る)しますから、メヌエット楽章の演奏時間は相応に長くなります。このメヌエットをただ座ってじっと聴いていた、というのはちょっと考えられないと思いませんか。

— なるほど!そう伺うと、合間合間にメヌエットがあることや、繰り返しの多さに納得がいきますね!

ここで、ニッセンがモーツァルトの妻コンスタンツェから取材して執筆した文を紹介しましょう。
「彼がビリヤードと同じぐらい熱狂的に愛していたのが、ダンスでした。誰でも参加できた舞踏館での仮装パーティーや、友人の私邸での舞踏会には、欠かさず足を運びました。彼はダンスが得意で、とくにメヌエットがお気に入りでした。踊るだけでなく、パントマイムやバレエのために作曲もしました。仮装パーティーでは、こっけいな仮装をすることが多く、驚くほど巧みにピエロやアルレッキーノに扮していました。」

ディヴェルティメントなどの演奏の際には、モーツァルトもヴァイオリンを弾きながら、バンドマスターよろしく演奏者にアインザッツ(合図)を出しながら、メヌエットのステップを踏んでいたに違いありません。さも「音楽は踊って楽しまなきゃ!」と言わんばかりに。

ディヴェルティメントの踊りはメヌエットだけではありませんよ。ガヴォット風コントルダンス(2拍子)のリズム、歌に溢れる楽章も体を揺らしつつ聴くような、リズムの内在されたノリのいい曲が多いのです。

モーツァルトは、実際に踊られるための舞曲もかなりの数を書いています。晩年に任命された「皇王室宮廷作曲家」という役職は、主に王室のために舞曲を書く仕事がその内容でした。彼は、そのような舞曲を必ずしも機会音楽と蔑みながら書いていたわけではありません。それどころか、モーツァルトも家族も友人もみな踊りを愛好し、謝肉祭期間には種々の夜会に出席し舞踏会を楽しんでいたのですから、踊りながら楽しく作曲していたのではないでしょうか。もちろん軽々と。


— モーツァルトが踊りに夢中になってはしゃいでいるのが目に浮かぶようです。モーツァルトはメヌエットがお気に入りだったのですね!当時のメヌエットは、バロックダンスのメヌエットと同じものなのでしょうか? 私はメヌエットというと、バロック時代に王様の目の前で貴族が緊張しながら踊る風景しか浮かばないのですが、このメヌエットが舞踏会という、もっと気楽なパーティで楽しまれるようになった、ということでしょうか。

メヌエットには貴族や王族の踊る静かで高貴な踊りというイメージがありますよね。このバロック時代のメヌエットのイメージは、18世紀後半のモーツァルトの時代にもあったようです。それゆえに、と言ってもいいでしょう。その後、フランス革命を経ると貴族・王侯文化が滅んでいくのに合わせるようにメヌエットも滅んでいってしまうのです。
またドン・ジョヴァンニの話をしてもいいですか?
今度は有名なシーンとして知られている第1幕の幕切れです。舞台上に配された小オーケストラが「メヌエット」を奏で始めると、踊るのは貴族階級の二人。2/4の「コントルダンス」を踊るのは不良?貴族のドン・ジョヴァンニ、そして最後3/8の速い「ドイツ舞曲」を踊るのが平民の召使と農民です。
そう、モーツァルトが没する頃の社会は貴族階級が傾き、市民がぐんぐん力をつけてきている時代ですよね。つまり「メヌエット」から「ドイツ舞曲」や「レントラー」などの、速い踊りがもてはやされるようになってきた時代だったのです。

— 面白いですね。そんな風にドン・ジョバンニを見たことがなかったので、とても興味深いです。貴族はメヌエットを踊り、平民はドイツ舞曲を踊る。そして、不良貴族はコントルダンス!当時の世相が反映されているのですね。その後廃れていくツンとお澄ましした貴族の踊りだったメヌエットも、モーツァルトが踊っていたパーティーでは、バロック時代のものとはテンポや雰囲気がずいぶん異なっていたのかも・・・。なにしろ、仮装しながら舞踏館や友人の私邸といった、にぎやかな場で踊られていたのですから。舞踏教師に教わって身につける高度なステップや物腰による貴族のたしなみとしてのメヌエットというより、日常で市民が楽しみながら貴族風にお澄ましして踊る、という感じがしますね。

メヌエットからワルツへ

ベートーヴェンのシンフォニーを見てみましょうか。踊りの楽章(第3楽章)は、第1番こそメヌエットと表記されていますが(とても速いけど)、その後はスケルツォという、速度の速い3拍子に替わられていることに気がつきます(第8番は例外)。
モーツァルトのシンフォニーでは最後まで第3楽章は「メヌエット」だったんですよ。モーツァルトの最後のシンフォニーとベートーヴェンの最初のシンフォニーの間にはフランス革命が川のように横たわっているのです。
19世紀に入ってしまいますが、ナポレオン後のヨーロッパをどのように収拾するかヨーロッパ中の王統系代表が1814年から翌年にかけて集まって開かれた「ウィーン会議」のことを揶揄して「会議は踊る、されど進まず」と言うじゃないですか。ここで踊られていたのは、すでにメヌエットではなく、よりスピード感のある「ワルツ」だったんです。ベートーヴェン(1770-1827)やシューベルト(1797-1828)も、意外とたくさん踊りの音楽を書いているんですよ。彼らもこの時代に、「ドイツ舞曲」をより洗練させエレガントなワルツに仕立て上げるのに一役買っていたのです。

ウィーン会議の時、シューベルトは17、8歳ですよね。踊りたいさかりのついたシューベルトの友人たちは、それでも舞踏会に行くほどの余裕はありませんでしたから、シューベルトのピアノに合わせて家庭で踊っていたのです。シューベルトのピアノのために書かれた舞曲のなんと多いことよ。即興で弾かれたワルツを入れたらいったいどれくらいの舞曲を彼は弾いたのでしょう。
シューベルトの仲間たちの集まりが「シューベルティアーデ」と名づけられ、毎晩のように集いが開催されていたことは周知の通りですが、そこでは詩が読まれ、シューベルトにより曲がつけられ、そして場が盛り上がったところで、最後にはお決まりのようにみんなで踊ったのでしょう。もっともシューベルトはモーツァルトと違って、自身が踊るのは得意ではなかったとのこと。彼はずっとピアノを弾いていたのでしょうね。
ヨーゼフ・ランナーが1801年生まれ、ヨハン・シュトラウス祇い1804年生まれ。ワルツはその後洗練され「ウィンナ・ワルツ」となってゆきます。


— モーツァルト時代のメヌエットがウィンナ・ワルツに繋がっていくなんて面白いですね!考えてみると場所も同じ。しかも、時代もそんなに隔たっていないんですね。バロック時代と古典派時代のダンスが全く別物に思えてきて、私にとってはものすごい発見!古典派時代の踊りは日常に息づいた、誰もが気軽に踊れるものだったんですね。

そう、踊りは我々人間の基本でしょう。歌よりも体を動かすことの方が先ですよね。踊るのになんの遠慮が要りましょう。
私は、現在における古典派音楽復権のキーワードのひとつは「踊り」だと思っています。演奏する時も、リズムを際立たせ、ノリよく演奏する。
これは現在一般的にイメージされている、音を立てず、じっと体を動かさずに聴く、といったようなクラシック音楽の受容スタイルとは大きく異なることです。演奏する方についても、現在のクラシック音楽の演奏家は、リズムを軽く強調し過ぎると軽薄になるといって嫌い、重めに表現するのが普通です。
しかし、特に古典派の音楽においては、躍動感やノリを表現することがなにより重要で、その愛想のよい明るい軽やかさが表現されることを第一に考える必要があります。強拍・弱拍のキャラクターを際立たせて、聴く者を踊らせる音楽が古典派音楽の魂といえるのです。


— 古典派音楽の躍動感やノリといったものは、古楽を聴くようになって味わえるようになった気がします。

そうですね。重く均一にヴィブラートをかけるような演奏では古典派のスピリットを表現するのは難しいのです。ピリオドの管楽器は楽器の重量自体がモダン楽器の半分以下です。句読点を置きながらおしゃべりをしながら演奏するように、隣同士の音が平等に平均化しないようになど、さまざまな表現方法で、古楽の演奏家は作品に躍動感を与えることに工夫を凝らしています。

モーツァルトの時代は、舞曲やディヴェルティメント、そしてオペラもそうですよ。それらは言ってみればポピュラー音楽で、上から下まで広い階級の人々の間で歌われ踊られ楽しまれていたもの。そしてかたや、本人にその意識は希薄だったと思うのですが、結果的に芸術音楽と今日みなされている作品も書いていた。モーツァルトにしてもハイドンにしても、特に両者の違いを意識することなく作曲していたのだと思いますが。
複数楽章からなるソナタやシンフォニーなどは後者にあたるでしょう。

確かにこうした器楽作品は、「ソナタ形式」や「複合三部形式」、「ロンド・ソナタ形式」など、建物を築く際の決まりごとのようなものをベースにつくられています。建物の建築法を知らなくても家に住めるのですが、その建物は素敵な芸術作品のようです。建造物自体をまずは鑑賞、そして家の中に入って各部屋を見て回るというような感じで、器楽作品にどのような形式が用いられていたかの概略と、形式の話を次回、分かりやすくお話しできたらと思います。


古典派時代の管楽器。上がバスーン、左からバセット・クラリネット、オーボエ、ホルン、クラリネット。

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塚田 聡(つかだ さとし)
東京芸術大学卒業後アムステルダムに留学、C.モーリー氏にナチュラルホルンを師事する他、古典フルートを18世紀オーケストラの首席フルーティスト、K.ヒュンテラー氏に師事するなど古典派音楽への造詣を深めた。2001年に再度渡欧、T.v.d.ツヴァルト氏にナチュラルホルンを師事する。音楽事務所メヌエット・デア・フリューゲルの代表。
・ディスコグラフィ・
ナチュラルホルン〜自然倍音の旋律美と素朴な力強さ
森の響き 〜ドイツ後期ロマン派・ブラームスの魅力〜
・ホームページ・
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古典派シンフォニー百花繚乱
シューベルト研究所
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2017年12月25日

フォルテピアノのレッスン♪

興奮の1日。フォルテピアノ奏者小倉貴久子さんのレッスンを受けてきました!家の事情やら私の精神状態やらでなかなか余裕ができず、ようやく叶った念願のレッスン。

使用楽器はアントン・ヴァルター1795年のモデル。フォルテピアノを持っていない私は、モダンピアノで練習したものをレッスンしていただくわけですが、レッスンの間中ず〜っと四苦八苦しっぱなしでした。全く思い通りにいかない!(笑) 自分の指が自分の指ではないんじゃないかというくらいコントロールができず、とにもかくにも繊細な楽器でした。

鍵盤が軽いせいなのか、深さが浅いせいなのか、指が鍵盤に吸着する感覚が得られず、弾いているという実感が伴わないので、ものすごい違和感。こんなフガフガとした鍵盤と指の不安定な関係は、モダンピアノでは味わったことがないほど。もちろんこれは私が初心者だからで、小倉さんの指先は鍵盤に吸い付いているんですよ。

まず気がついたのは弱音の難しさでした。モダンピアノと同じタッチで弾いても弱音にならない。いや、まったく、思い通りの表情にならない!こんなはずじゃないんだけれどと思いつつ、実際に出てくる音はなんともかんとも、聴くに堪えないギクシャク感。

ようやく弱音が出せるようになってきたと思ったら、今度は響かせたい音、強音が出せない。出たとしても詰まった響きになってしまうのです。小倉さんのそれはポーンと箱全体が響いている感じ。私のは窒息しそうな詰まった音。たった1音の強音が出せないというこの感覚は、モダンピアノではあまりないかもしれません。多少汚い音とそうでない音の違いがあったとしても、ここまで明らかな違いにはならないでしょうから。

たとえるなら、初心者が弾くヴァイオリンと経験者が弾くヴァイオリンの音色くらい、明らかに違うんですよね。私の音は、初心者がヴァイオリンを弾くときに弦が響かずにギーギー鳴っているのと同じ。強音で弾こうとすると、弦が鳴らずに押さえつけられているような響きになってしまう。音色に解放感が一切ないのです。

今日学んだことは、学んだというより体験したといった方がいい程度。咀嚼しようにも、咀嚼できるだけのものを手に入れた実感がありません。家に帰ってきて復習しようにも、モダンピアノで練習しているうちに、きっとズレていってしまうだろうことが目に見えているので、またレッスンを受けることにしました。とにかく咀嚼できる程度にはなりたい。(笑) 今のままでは、この経験をモダンピアノの演奏に活かすこともできません。

来年は、何度かレッスンを受けに行きたいな♪ まだ垣間見ることすらできずにいる世界を見てみたい。その何かは、私の音楽観が求めているものに違いないという予感があります。今日は最高の1年の締めくくりになりました。いや、締めくくりというより、来年へ向けての第一歩だったのかもしれません。来年は成長するぞっ。

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emksan at 19:55|Permalink ピアノ/練習&勉強